京都まで電車でわずか10分。
この圧倒的な地理的優位性を持ちながら、なぜ大津市の地価は、人口増加を続ける草津市のような力強い上昇曲線を描けないのでしょうか。
この疑問の奥には、大津の不動産市場が持つ弱点というより、むしろこの街が「成長しにくい」構造的な理由が横たわっています。
活発な民間開発と人口流入が価値を押し上げる草津の市場とは、明らかに異なる論理で動いているのが大津です。
草津と同じ物差しを一旦脇に置き、この街の不動産価値が持つ、独特の仕組みを深く掘り下げてみましょう。
今回は、マクロな視点での「草津との構造比較」と、ミクロな視点での「主要駅ごとの詳細な地価分析」を組み合わせ、大津という街の資産価値の正体に迫ります。
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この記事のポイント
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- 市場構造の比較分析
- 草津の「面的上昇」と大津の「点的集中」#多核心モデル
- 成長を阻む構造と分散するエネルギー#ストロー効果
- 主要エリア別詳細分析
- 膳所駅・におの浜:歴史と眺望の価値#最高価格帯
- 大津京駅:再開発が牽引する湖西の玄関口#用途転換
- 石山駅:産業と暮らしが共存する堅実な実需#職住近接
- 瀬田駅:学園都市が育む若さと未来#新興住宅地
- 堅田駅:自律した経済圏を持つ湖西の北の核#自律経済圏
- 構造的特徴の総括
- 単一の成長か多様な選択か 二つの都市が描く資産価値の未来#市場のポテンシャル

出典: Biwa lake panorama (50156435803) by Raita, licensed under CC BY 2.0.
草津の「面的上昇」と大津の「点的集中」
最新の国土交通省の地価公示 ↗などのデータを基に両市の現状を比較すると、その違いは「上がり方」の質にはっきりと表れています。
令和8年(2026年)執筆時点でのデータでは、草津市の住宅地平均地価が坪単価約54.8万円(前年比+3.40%)であるのに対し、大津市は約33.9万円(前年比+1.83%)です。
草津市は南草津・草津の両駅という強力なエンジンを中心に、市全体が底上げされる「面的」な上昇(同心円モデル)を見せています。
一方で、大津市はJR膳所駅、大津京駅、石山駅といった特定の人気駅周辺のみが堅調に推移し、他の多くのエリアは横ばい、あるいは下落傾向にあります。
これは都市社会学などの分野で「多核心モデル」と呼ばれる構造に近いものです。大津の場合、そこに琵琶湖という巨大なボイド(空白)と、山地という物理的制約が加わることで、市場のモザイク模様はより複雑化し、価値が一部に集中する「点的」な上昇(二極化)が鮮明に進んでいるのです。
成長を阻む構造と分散するエネルギー
なぜ大津は、草津のようなシンプルな成長曲線を描かないのでしょうか。
その背景には、地価上昇を抑制する、あるいは分散させる構造的な要因が複数存在しています。
出典: Shiga Prefectural Government Office 02 by Higa4, Public Domain (CC0 1.0).
まず、県庁所在地であることによる「安定という重し」です。
公共機関が集積し、地価の安定に寄与する一方、市の財政はインフラ維持に優先的に配分されがちです。草津の大学誘致のような、地価を牽引する戦略的な民間開発投資にリソースを割きにくい「財政の硬直性」が、都市のダイナミズムを抑制している側面は否定できません。
次に、京都への近さがもたらす「ストロー効果」のジレンマです。
「京都に近すぎる」がゆえに、商業施設や高所得者層、そして新しい文化を求める若者世代が、大津に留まるのではなく、より魅力的な京都本体へと吸い上げられやすい傾向があります。ベッドタウンとしての吸引力以上に、「通過点」としての性格が強まってしまうのです。
そして、最も根深いのが、交通網の分断による「エネルギーの拡散」です。
JR琵琶湖線、湖西線、京阪線。それぞれの路線が独自の生活圏を形成しており、街としての求心力が分散しています。
例えば、大津京の住民が瀬田の商業施設に行くには一度京都を経由するか、車を使わざるを得ないことも多い。この「市内移動の非効率性」が、市全体の経済的なポテンシャルを削いでいる可能性は十分に考えられます。
このように複雑に入り組んだ大津の不動産市場ですが、視点を変えれば、エリアごとに全く異なる魅力と価値を持っているとも言えます。
ここからは、そのモザイク模様を一つひとつ解きほぐし、主要な「駅・エリア」ごとの価値の源泉と、将来への展望に焦点を当てていきましょう。
膳所駅・におの浜:歴史と眺望が織りなす「最高峰」の価値
まず、そのモザイク模様の中で最も鮮烈な輝きを放つ場所から見ていきます。それが、JR膳所(ぜぜ)駅から琵琶湖岸に広がる「におの浜」エリアです。
ここは単なる駅近の住宅地ではありません。滋賀県内において、「ブランド」として確立された数少ない場所の一つと言えるでしょう。
膳所駅周辺からにおの浜エリアにかけての中心部。商業施設、文化施設、そして高層マンションが調和し、大津の顔としての機能を担っています。
「100万円超」を生む構造的理由
滋賀県地価調査 ↗などのデータを見ると、このエリアの住宅地・商業地は、県内でもトップクラスの水準で推移しています。
特ににおの浜周辺のマンション用地などは、坪単価100万円を超える取引も珍しくありません。なぜ、これほどの価値がつくのでしょうか。
その理由は、希少な「二重の眺望」と「文化資本」の蓄積にあります。
北には比良・比叡の山並みを、東には広大な琵琶湖を望むロケーション。これに加え、膳所城跡公園や滋賀県立芸術劇場びわ湖ホールといった文化施設が徒歩圏内に集積しています。
都市経済学の研究においても、住居地域における眺望景観の評価 ↗などで示唆されているように、良好な眺望は居住者にとって明確な資産価値(ヘドニック価格)として認識され、価格に反映される傾向があります。
「都心エリア」としての将来像
大津市都市計画マスタープラン ↗においても、この地域は「都心エリア」の中核として位置づけられています。
西武大津店の跡地開発に見られるように、商業機能と居住機能の更新が進んでおり、今後も「住む場所」としての質は維持、あるいは向上していくと考えられます。
ただし、ここは「完成された街」でもあります。
新規の土地供給は極めて限定的であり、中古マンション市場での取引が中心となるでしょう。資産価値は安定していますが、参入障壁もまた高い。それがこのエリアの宿命です。
大津京駅:再開発が牽引する「湖西の玄関口」
JR大津京駅周辺。商業施設「ブランチ大津京」や高層マンションが立ち並び、湖西エリアの新たな核として発展しています。
湖西線の起点であり、京阪神へのアクセス拠点としても機能する大津京駅周辺。
このエリアは今、大津市内で最も「変化の予感」を漂わせている場所かもしれません。
「工業地からの転換」が押し上げる地価
地価相場としては坪単価40万円〜60万円台(条件による)のレンジで推移していますが、注目すべきはその上昇圧力の背景です。
国土交通省の地価公示 ↗の詳細を見ると、かつての工業地域が大規模なマンション用地や商業施設(ブランチ大津京など)へと転換されたことで、エリア全体の用途が「職」から「住・遊」へとシフトしていることが分かります。
この用途転換は、単に街がきれいになるだけでなく、土地の収益性が向上することを意味します。
京都駅まで2駅11分という圧倒的な近さに加え、皇子山総合運動公園などの緑地も豊富。「働きやすさ」と「育てやすさ」のバランスが良く、特に共働きの子育て世帯からの支持が厚いことが、実需としての地価を支えています。
「居住誘導」が生む新陳代謝
市の立地適正化計画においても、ここは重要な「居住誘導区域」です。
工場の移転跡地などが宅地化される動きは今後も続くと予想され、街の新陳代謝は活発です。
一方で、西側にはすぐに山が迫る地形的制約があるため、駅周辺の平坦な土地の希少性は年々高まっています。
将来的な視点では、JR湖西線の新駅構想(大津京~唐崎間)などの議論もあり、交通結節点としての機能がさらに強化される可能性も秘めています。
「現在進行形で価値が変わっていく街」を選びたいなら、ここは面白い選択肢になるはずです。
石山駅:産業と暮らしが共存する「堅実な実需」
交通の要衝、石山駅。京阪電車との接続もあり、東レなどの工場群と住宅地が共存する、実務的な拠点です。
JR琵琶湖線の新快速停車駅である石山駅周辺は、華やかさというよりは「堅実さ」が際立つエリアと言えるかもしれません。
東レなどの大企業城下町としての側面を持ち、そこで働く人々の安定した雇用と賃貸需要が、地価の下支え役となっています。
「職住近接」が生む底堅さ
滋賀県地価調査 ↗などのデータを見ると、地価は坪単価40万円〜50万円台で安定して推移しています。
ここで特筆すべきは、賃貸需要の強さです。工場や事業所が多いことは、単身者や転勤族の需要を絶えず生み出し、それが投資用不動産としての価値も維持させています。
また、石山寺という歴史ある観光地を抱えていることも、このエリアのポテンシャルを下支えしている要因の一つです。
観光客の往来があることで、商店街や飲食店といった商業機能が維持され、それが結果的に住民の生活利便性を高めるサイクルが生まれています。「観光」と「生活」の共存が、この街の活気を単なるベッドタウン以上のものにしているのです。
南郷・大石方面へのゲートウェイ
石山駅は、南部に広がる南郷や大石、田上といった住宅地へのバス交通のハブでもあります。
この「ゲートウェイ機能」は、駅から離れたエリアの住民を駅前の商業圏に引き留める役割を果たし、駅周辺の地価を間接的に支えています。
駅から離れれば地価は落ち着きますが、豊富なバス便がその距離を補完しており、京滋バイパスの石山ICも近いため、車での広域アクセスを重視する層にとっての実利的な選択肢として機能しています。
ある意味で、非常に合理的で無駄のないエリアと言えるかもしれません。
瀬田駅:学園都市が育む「若さと未来」
瀬田駅周辺。大学へのバス発着点であり、学生とファミリー層が混在する活気あるエリアです。
石山駅から瀬田川を渡った先にある瀬田駅周辺は、また違った顔を持っています。
龍谷大学や立命館大学、滋賀医科大学といったキャンパスを擁する「文教地区・学園都市」としての性格です。
駅周辺(大萱など):学生街の活気と流動性
駅に近い大萱(おおがや)などのエリアは、学生向けのアパートや単身者向けマンションが多く、街全体に若々しい活気があります。
地価は石山エリアと同水準か、場所によってはやや手頃な坪単価40万円前後から検討可能です。
投資用物件としての需要も高く、市場の流動性が高いのが特徴でしょう。学生が多いということは、飲食店やコンビニなどの生活利便施設が充実しやすいということでもあり、利便性を重視する単身者や共働き夫婦にとっても暮らしやすい環境が整っています。
丘陵部・文化ゾーン:計画された住環境
駅から少し離れた青山や松が丘、そして「フォレオ大津一里山」周辺の新興住宅地は、計画的に開発されたファミリー向けのエリアです。
「びわこ文化公園都市」構想に基づく整備が進められてきたエリアでもあり、緑豊かな公園や文化施設が身近にあります。
公的な地価データ ↗の水準を見ると、例えば青山地区では坪単価30万円台前半程度が目安となり、駅前に比べて土地取得コストを抑えつつ、質の高い住環境を手に入れることが可能です。
総務省の国勢調査 ↗などを見ても、若い子育て世帯の流入が顕著です。地価は駅前より落ち着いており、環境の良さと広さを重視する層にとって、コストパフォーマンスの高い選択肢となっています。
堅田駅:自律した経済圏を持つ「湖西の北の核」
堅田駅周辺。湖西道路へのアクセスも良く、商業施設が集積する湖西エリアの自律した経済圏です。
最後に、湖西エリアの拠点である堅田駅周辺を見てみましょう。
大津市北部に位置するこの街は、大津のベッドタウンというよりは、一つの「自律した地方都市」のような機能を持っています。
駅周辺(本堅田など):完結する生活圏
本堅田(ほんかたた)周辺は、商業施設が集積するエリアです。
地価は坪単価30万円〜40万円台と、南部エリアに比べて手頃感が出てきますが、生活の利便性は決して劣りません。駅周辺には大型スーパーや家電量販店、病院が揃い、「ここだけで生活が完結する」という安心感が、堅田の不動産価値を支えています。
都市計画マスタープランでも「地域拠点」として位置づけられており、広域からの集客力を持つ商業地としての地力が、地価の下支え要因となっています。
住宅地(真野など):需給バランスとコストパフォーマンス
少し離れた真野(まの)などの住宅地は、落ち着いた住環境を提供しています。
滋賀県の地価調査データ ↗を見ると、このエリアでは坪単価20万円台〜30万円台前半で検討可能な場所もあり、駅前エリアと比較して明確な価格差があります。
この価格差は、駅までの距離だけでなく、琵琶湖大橋を使えば守山方面へのアクセスも容易で、湖東・湖西の両方を生活圏にできるという独自のメリットも内包しています。
京都への通勤も快速で20分圏内。冬場の比良おろしによる湖西線の遅延リスクさえ許容できれば、コストパフォーマンスと生活の質を両立できる、非常に賢い選択肢と言えるかもしれません。
単一の成長か多様な選択か 二つの都市が描く資産価値の未来
ここまで、大津市内の主要なエリアを詳細に見てきました。ここで改めて、冒頭で触れた「草津と大津の違い」に立ち返ってみましょう。
草津の地価上昇は、南草津駅という強力なエンジンが牽引する「面的な広がり」でした。駅からの距離というシンプルな物差しで価値を測りやすく、街全体の成長という波に乗るような、ある意味で分かりやすい資産形成が可能です。

出典: JR Otsu station - panoramio - DVMG by DVMG, licensed under CC BY 3.0.
対して大津の不動産市場は、今回見てきたように「点(核)」の集合体です。
膳所のブランド力、大津京の将来性、石山・瀬田の実需、そして堅田の自律性。それぞれのエリアが異なる価値の源泉を持ち、異なるリズムで動いています。
これは、草津のような「分かりやすい成長」ではありませんが、自分のライフスタイルや予算に合わせて、多様な選択肢の中から最適な「解」を選び取れるという、大津ならではの強みでもあります。
かつては京都に近すぎることが「ストロー効果」としてマイナスに働くこともありましたが、京都市内の不動産価格が高騰し続ける今、その関係性は変化しつつあります。
京都の文化や利便性を享受しながら、現実的な価格で質の高い住環境を手に入れられる大津は、新たな「受け皿」としてのポテンシャルを高めています。
全体が一様に上がるわけではないからこそ、エリアごとの個性を正しく見極めたとき、そこには数字以上の価値が生まれるのです。
歴史の重層に住まう
なぎさ公園から対岸を眺めると、草津の街明かりが湖面を揺らしているのが見えます。あちら側にあるのは、目に見える成長と活気でしょう。
しかし、視線を足元に戻し、比叡の山並みを背に湖岸を歩けば、そこには全く異なる時間が流れていることに気づかされます。
古い町家が残る路地、琵琶湖疏水に散る桜、そして何百年も変わらない祭りの熱気。
数字で示される地価の上昇率だけが、街の価値ではありません。効率やスピードとは無縁の、深く澱んだような歴史の重みが、ここでは心地よい重力となって住む人を支えているようです。
夕暮れの膳所駅前、家路を急ぐ人々の列に混じりながら思います。
この街で暮らすことは、流行り廃りの激しい波に乗ることではないのかもしれません。長い時間をかけて醸成された、強固な地盤の上に生活の根を下ろすこと。それこそが、大津という街で家を構える意味なのだと感じます。
住宅計画全体の流れを確認する
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※価格情報に関する注記:この記事で言及している坪単価や変動率は、各年度の公示地価や最新の市場取引事例等を基にしたものであり、あくまで目安の数値です。実際の不動産価格は、個別の土地が持つ形状、面積、方位、法規制、インフラの状況など、様々な要因によって変動します。
土地のご契約に際しては、必ず地元の不動産会社や行政の担当窓口にご確認の上、ご自身の責任において最終的な判断をお願いいたします。
更新履歴:2026年1月19日
最新の公表資料(地価公示、滋賀県地価調査、大津市・草津市の統計データ等)に基づき、地価動向の比較分析およびエリア別(石山・瀬田・堅田)の解説文を加筆・修正しました。
(参照:国土交通省 地価公示、滋賀県 地価調査、大津市 都市計画マスタープラン、総務省 統計局 国勢調査、地価形成要因よりみた都市の土地利用変容予測に関する考察、商業集積地における地価構成要因に関する研究 等)