湖(うみ)と西の地勢

土地が持つ物語を読み解き、未来の資産を築く。滋賀の歴史と風土に学ぶ、住まいと土地の視点。

坂道の30坪は狭いのか?大津の二重の制約を「豊かさ」に変える設計の思考法

「30坪の土地は、家を建てるには狭すぎるのではないか」。
大津の不動産情報を見ていると、ふとそんな懸念が頭をもたげることがあります。ましてや、その場所が大津特有の坂道の途中にあるとしたら、不安はなおさら募るはずです。

草津のような平坦な土地での家づくりが「平面のパズル」だとすれば、大津のそれは、さしずめ「立体のパズル」に近い感覚を覚えます。
歴史が生んだ細長い敷地形状と向き合う彦根のケースとも異なり、ここには「面積」という横の制約に加え、「高低差」という縦の制約が重なるからです。

この二重の制約は、一見すると厄介なハードルとして立ちはだかります。
しかし、視点を少し変えるだけで、それは平坦な土地では決して味わえない、特別な空間へと変貌する可能性を秘めているようです。

この記事のポイント
  • 大津の坂道の狭小地は、「面積」と「高低差」という二重の制約がある、難易度の高い土地である。
  • 「がけ条例」など法的な制約を理解し、擁壁や基礎工事にかかる追加コストを事前に把握することが不可欠。
  • 借景や空間編集といった設計の知恵は、物理的な広さを超えた「体験的な広がり」を生み出す可能性がある。
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大津の狭小・坂道住宅設計:目次

大津市大江の坂道と住宅街。このような高低差のある土地が、大津の狭小地設計の舞台となる。

出典: Intersection in Ōe, Ōtsu 大津市大江7丁目 Apr 19, 2008 by Kota Fujii, licensed under CC BY 2.0.

図面の上で消える面積と 見えないコスト

まず直視すべきは、30坪という土地の数字以上に、実際に建築可能な面積が削り取られるという物理的な制約です。
水平方向の規制である「建ぺい率」だけでなく、大津のような傾斜地では、滋賀県建築基準条例(第6条付近)などで規定される、通称「がけ条例」が設計の自由度を大きく左右します。

建築学における規制強度の調査研究(参照:『がけ条例による建築規制の強度の実態に関する研究』 ↗)でも詳しく分析されていますが、多くの自治体では安全確保のため、がけの高さに応じた一定の水平距離(高さの2倍など)を建築制限範囲として設定しています。
この「離さなければいけない距離」の存在により、敷地内に実質的な建築不可領域が生まれます。結果として、30坪の土地を購入しても、法規上の制約をクリアすると25坪分程度の活用スペースしか残らないといったケースも珍しくありません。

さらに、土地価格の安さに隠れた「見えないコスト」への警戒も必要です。
古い擁壁の造り替えや、特殊な基礎工事(深基礎・高基礎)、あるいは構造計算の付加費用などが建築費に直結するためです。特に、行政のガイドライン(例:国土交通省『宅地擁壁の健全度判定・予防保全対策マニュアル』 ↗)で指摘されているような、現行基準を満たさない「既存不適格」の状態にある擁壁が敷地内に存在する場合、その改修や補強には数百万円単位の予算が必要になることがあります。
土地の取得費用が抑えられたとしても、それがそのまま建物の付随費用に転嫁される構造があることを、初期の資金計画に組み込んでおくべきでしょう。

制約が描く 新しい体の使い方

では、この二重の制約は、単なる足かせでしかないのでしょうか。ここで少し、物の見方を変えてみます。

環境が、人の行動をそっと後押しすることがあります。
例えば、長浜の黒壁スクエア近くにあるカフェでは、古い建物の急な階段の途中に小さなベンチが置かれていて、それが不思議と心地よい休憩スペースになっていました。
不便なはずの段差が、かえって人の居場所を生み出している。そのような光景です。

この現象を、大津の坂道にある狭小住宅の設計に応用してみるとどうなるでしょう。
スキップフロアのちょっとした段差は、子どもたちが「腰かける」ためのベンチになり、親が「立ち話」をするためのステージに変わります。
半地下になった籠れるような小さな空間は、「書斎」として集中することを助けてくれ、見晴らしの良い窓辺は、「外を眺める」ための特別な場所になるはずです。

制約が生み出す空間の特性を、ネガティブなものとしてではなく、暮らしの中に新しい行動や習慣を生み出すきっかけとして捉え直す。
そのような発想の転換が、この土地の可能性を解き放つように感じます。

狭いからこそ外へ開く 窓一枚で風景を手に入れる

狭い空間だからこそ、外への視線の「抜け」が、心理的な開放感を生み出します。そして、大津の坂道には、そのための最高の資産が眠っています。

坂本の里坊や三井寺の建築には、遠くの山や隣家の緑を、まるで自分の庭の風景の一部であるかのように取り込む「借景(しゃっけい)」という、洗練された知恵があります。

大津市の三井寺(園城寺)の建築物。周囲の自然を巧みに取り込む「借景」の知恵が見られる。

出典: Mii-dera Onjo-ji (Otsu Shiga) Temple hdsr S5 zy06 by Hyppolyte de Saint-Rambert, licensed under CC BY 4.0.

この発想は、現代の家づくり、特に美術館建築などで巧みに応用されています。
例えば、滋賀が誇るMIHO MUSEUMでは、トンネルを抜けた先に広がる山々の風景が、訪れる人を感動させる劇的な空間を演出しています。
これは、建築学でいう「シークエンス(空間の連続性)」を巧みにデザインし、窓を開口部としてだけでなく、風景を切り取る「額縁」として捉えることで、自然そのものをアート作品のように見せる手法です。

滋賀県にあるMIHO MUSEUM。トンネルの先の風景を額縁のように切り取り、劇的な空間を演出している。

出典: 241119 MIHO MUSEUM Koga Shiga pref Japan07s3 by 663highland, licensed under CC BY-SA 4.0.

この「借景」と「額縁効果」は、大津の狭小住宅にこそ応用すべき知恵です。
物理的な庭を持てなくても、高窓(ハイサイドライト)から空を四角く切り取ったり、隣家の庭に植えられた美しい紅葉を、リビングから楽しむためのFIX窓(はめ殺し窓)を設けたり。
周辺の景色を「借りる」ことで、広さを超えた精神的な充足感を手に入れることができるはずです。

地形と歴史を味方につける 二つの視座

一般的に語られる収納テクニックや間取りの工夫は、ここでは一度忘れてもいいかもしれません。
大津の狭小地において本当に考えるべきは、内側の細かい操作よりも、この特殊な外側の環境をどう「使い倒すか」という一点に尽きるからです。

たとえば、雛壇が生む「屋根越しの地平」。
大津の坂道にある造成地は、多くが階段状の雛壇(ひなだん)になっています。
この形状は、下の土地に建つ家の屋根が、自分の敷地レベルよりも低い位置に来やすいことを意味します。

平坦な土地では「2階に上がらなければ眺望がない」のが常識ですが、ここでは1階のリビングからでも、前の家の屋根越しに空や琵琶湖へ抜ける視線を確保できる場合が多々あります。
隣家の壁ではなく、その頭上を飛び越えて遠くを見る。
この「視線のジャンプ」こそが、大津の地形が狭小地に与えてくれた最大の特権ではないでしょうか。

あるいは、町割りが教える「光の筒」。
旧東海道沿いなどに見られる間口が狭く奥行きの深い敷地は、京文化の影響を受けた大津特有の町割りです。
こうした土地では、側面からの採光は期待できません。

そこでヒントになるのが、かつての町家に見られた「通り庭」や「坪庭」の発想です。
家の中に、屋根から1階まで貫通する小さな「光の筒(吹き抜けや中庭)」を一本通す。
それは単なる採光装置にとどまらず、夏場には湖からの風を吸い上げる煙突のような役割も果たします。
歴史的な知恵を現代の技術で翻訳し直すことで、狭くても呼吸するような空間が生まれるはずです。

不便さを愛でる作法

利便性を最優先する現代において、あえて坂道の狭小地を選ぶことは、ある種の酔狂と映るかもしれません。
しかし、ふくらはぎに感じる坂道の確かな勾配や、階段を一段上るたびに変わる琵琶湖の見え方は、平地では得られない身体的な実感を伴います。

玄関を出てすぐの段差に腰掛けて靴紐を結ぶとき、あるいは高窓から切り取られた比叡の山並みを眺めるとき。
制約があるからこそ生まれる小さな所作の積み重ねが、日々の暮らしに固有のリズムを刻んでいくのかもしれません。

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※費用・法規に関する注記:この記事で言及している追加費用や建築に関する規制は、一般的な傾向や可能性を述べたものです。実際の費用や法的な要件は、個別の土地の形状、地盤の状態、自治体の条例などによって大きく変動します。
土地のご契約や建築計画に際しては、必ず複数の専門業者から見積もりを取得し、大津市の担当窓口(建築指導課、開発調整課など)にご確認の上、ご自身の責任において最終的な判断をお願いいたします。

(参照:大津市建築基準法関係条例、規則等一覧がけ条例による建築規制の強度の実態に関する研究 等)