湖(うみ)と西の地勢

土地が持つ物語を読み解き、未来の資産を築く。滋賀の歴史と風土に学ぶ、住まいと土地の視点。

10年後の隣地の姿を予測する:栗東の都市計画から読む「産業が守る街」の未来

草津駅前のペデストリアンデッキから見渡すと、新しいマンションが次々と空を切り取り、商業施設のネオンが夜遅くまで輝いています。その光景は、滋賀県が誇る成長の象徴のようなものです。

一方で、隣の栗東市へ車を走らせると、景色は一変します。
国道沿いには無骨な物流倉庫や巨大な工場が並び、大型トラックが列をなして行き交う。華やかさとは無縁の、どこか土埃の匂いがするような風景が広がっています。

「住むなら、やっぱり華やかな草津だろうか」。そう感じるのは自然なことかもしれません。
しかし、もしあなたが住まいに一時のきらびやかさではなく、30年先まで続く盤石な安定を求めているのなら、注目すべきはこの栗東の無骨な背中かもしれません。

商業は水物ですが、産業は岩盤です。栗東市が持つ、製造業やJRAトレーニング・センターといった強固な産業基盤。
これがもたらす潤沢な税収が、どのようにして暮らしのインフラを支え、地価の変動に対する見えない杭となっているのか。
「株式会社・栗東市」の財務諸表と都市計画図という、少し硬い視点から、この街の10年後を予測してみます。

この記事のポイント
  • 栗東の財政構造の強みは、産業集積による「法人・固定資産税の厚み」にある。
  • 行政が「守るエリア」の線引きは、産業動線(国道・IC)と税源密度から推測できる。
  • 産業の恩恵を受けつつ騒音リスクを避けるには、用途地域の境界線を見極める「ミクロな選球眼」が必要。
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栗東の資産価値構造:目次

JRA栗東トレーニング・センターの調教コースと周辺の風景

出典: Kachidoki Gate - Ritto training center by 運動会プロテインパワー, licensed under CC BY-SA 4.0.

「株式会社・栗東市」の財務諸表:JRAと製造業が支える盤石なスポンサー

都市の体力は、何で測れるのでしょうか。
駅前のデパートの数や、タワーマンションの高さでしょうか。それらは確かに街の勢いを示しますが、行政サービスを持続させる基礎体力は、もっと地味な場所に宿ります。

栗東市の航空写真を見ると、その特徴は一目瞭然です。名神高速道路と国道1号・8号線が交差する交通の結節点に、広大な敷地を持つ工場や物流拠点が張り付いています。
そして南側の山麓には、JRA 栗東トレセン ↗という、日本競馬界の中枢施設が鎮座しています。

上空から見たJRA栗東トレーニング・センターの広大な敷地

出典: Ritto Horse Training Center Aerial photograph.2010 by 国土地理院 (Copyright © 国土画像情報(カラー空中写真) 国土交通省)

単に「トレセンがある」というだけではありません。そこには約2,000頭規模の競走馬と、調教師、獣医、装蹄師、そして飼料業者や輸送業者といった、裾野の広い「競馬経済圏」が形成されています。
これらは容易に移転できない装置産業であり、市に対して固定資産税(償却資産税を含む)や法人市民税という形で、長期的に安定した税収源としての役割が期待されます。

これらが意味するものは、行政サービスの持続性です。住民の増減や景気の波に左右されやすい住民税に加え、産業が生み出す税収の厚みが都市の体力を支えています。

また、栗東の都市計画 ↗に関する資料を読み解くと、「産業の街」としての機能を集積させる都市計画が進められてきたことが読み取れます。
広くなだらかな平野部という風土的条件と、交通の要衝という地政学的条件。これらを都市計画法による「工業地域」の指定という法的手法で最大化し、企業を誘致する。

その結果として得られた税収が、道路の整備や学校の設備、子育て支援といった住民サービスに還元される。
栗東で享受する暮らしやすさのスポンサーは、実はこの国道沿いの無骨な風景が稼ぎ出しているのです。

「10年後の隣地」を透視する:用途地域の境界線と転換リスク

しかし、工場が多いということは、住環境としてはマイナスではないのか。
工場の稼働音や排気ガス、大型トラックの往来。これら「外部不経済」と呼ばれるマイナス要因を、住宅地からどう切り離すか。ここで重要になるのが、都市計画における「ゾーニング(住工分離)」の技術です。

農林水産省の環境ノート(二)―環境保全的ゾーニングの論理― ↗でも論じられているように、異なる用途の土地利用(例えば工場と住宅)が混在すると、環境紛争の火種となります。
これを防ぐために、都市計画では用途地域という線引きを行い、緩衝帯を設けるなどの工夫が求められます。

栗東市の都市計画図 ↗を見てみましょう。

栗東市の全体図。北西部の平野部に工業地域が集中し、駅周辺や南部の丘陵地に住居地域が配置されているゾーニングが見て取れます。

特に注意が必要なのは、「準工業地域」の存在です。下鈎(しもまがり)や蜂屋(はちや)といったエリアの一部に指定されているこの用途地域は、工場も建てられますが、マンションも、店舗も建てられるという、法的に非常に許容範囲が広いエリアです。

今は静かな空き地や駐車場であっても、法的には「何でもあり」の場所。
札幌市の工業団地における土地利用コントロールと用途転換に係る居住環境問題に関する研究 ↗などの先行研究でも指摘されていますが、こうしたエリアでは将来的な環境変化のリスクを織り込んでおく必要があります。

一方で、手原(てはら)や安養寺(あんようじ)の一部、南部の丘陵地に広がる「第一種低層住居専用地域」や「第一種住居地域」は、工場などの建設が厳しく制限された聖域です。
「隣に工場が建つリスクが法的に厳しく制限されている」という安心感は、長く住む上で何物にも代えがたい価値となります。

平野の産業と丘陵の住宅を分かつ天然のゾーニング

栗東のゾーニングは、法規制だけでなく地形によっても強化されています。
栗東の地図を標高で読み解くと、産業エリアと居住エリアが、高低差によって巧みに分離されていることに気づきます。

北西部の平野部は、国道や鉄道が走り、工場が集積する稼ぐ場所。
対して南部や東部の丘陵部は、金勝山(こんぜやま)へと続く緩やかな斜面であり、地盤が安定し、水害リスクも比較的低い住む場所です。

1987年当時の栗東市中心部の様子。平野部と丘陵地の地形的な特徴が見て取れる

出典: Ritto city center area Aerial photograph.1987 by 国土交通省 (Copyright © 国土画像情報(カラー空中写真) 国土交通省)

この地形の高低差は、物理的な距離以上に、音や空気の分離に効果を発揮します。
国道1号や8号の24時間絶え間ない重低音、新幹線の通過音、名神高速の走行音。これら産業都市特有の騒音源に対し、丘陵地の住宅街では地形による物理的な緩衝効果が期待できます。

町丁目レベルで見るエリア別戦略:「撤退可能性」の低い場所へ

ここからが本題です。「安定している」と言われる栗東市内でも、将来にわたって行政サービスやインフラが維持される場所と、そうでない場所の濃淡は確実に生まれます。
栗東の財政構造を踏まえた上で、行政が最後まで守る(撤退しない)エリアを、産業動線と税源密度から逆算して特定します。

栗東駅周辺(綣・霊仙寺):利便性と隣地リスクの最前線

栗東駅周辺の綣・霊仙寺エリア。駅を中心とした高密度な開発エリアです。

JR栗東駅周辺の「綣(へそ)」や「霊仙寺(りょうせんじ)」は、マンション群が集積する高密度居住エリアです。
行政の視点で見れば、ここは狭い面積で多くの固定資産税と住民税を稼ぎ出す、極めて効率の良い「税源の塊」です。そのため、道路の補修や下水道の更新といったインフラ維持の優先順位は、財政効率の観点から比較的高く保たれると推測されます。

ただし、駅周辺は「商業地域」と「準工業地域」がパッチワークのように入り組んでいます。
狙い目は、駅から徒歩圏内でありながら、用途地域が「第一種住居地域」に切り替わるブロック。地図上で用途地域の境界線を確認し、商業・工業エリアから一本入った場所を選ぶことで、利便性と静穏さを両立できます。

手原・安養寺エリア:行政中心地という盤石さ

手原・安養寺エリア。市役所やICに近く、行政と産業の要衝です。

市役所がある手原(てはら)や安養寺(あんようじ)、高野(たかの)エリアは、行政の中心地であり、旧東海道の宿場町の面影も残る場所です。
ここの強みは、「行政機能が集積しているため、インフラ維持が放棄されるリスク(撤退リスク)が極めて低い」という点にあります。

工業地域とは物理的な距離が保たれており、都市計画上も住環境の保全が優先されています。
地味に見えるかもしれませんが、「行政が最後まで守る場所」としての資産価値は、長期的に見て非常に底堅いと言えます。「第一種低層住居専用地域」も多く、住環境が法的に守られているのも特徴です。

調整区域の地区計画エリア(林・大橋など):農住共生の穴場

林・大橋周辺のエリア。農地の中に計画的に整備された住宅地が点在します。

栗東ならではの「穴場」として提案したいのが、市街化調整区域内で地区計画制度 ↗を活用して開発された住宅地です。
林(はやし)や大橋(おおはし)、出庭(でば)の一部に見られるこれらの土地は、周囲を「農業振興地域(農地)」に囲まれています。

農地法による転用規制は非常に厳格なため、将来、隣の田んぼがマンションや工場に変わるリスクは構造的に抑制されています。
つまり、栗東の産業税収の恩恵(インフラ整備)を受けつつ、住環境は農地の静寂に守られるという、「いいとこ取り(フリーライド)」が可能なポジションなのです。

ただし、ここは車社会を前提としたエリアです。将来的にバス路線が縮小されるリスクは織り込んでおく必要がありますが、静けさと広さを求めるなら、これ以上の穴場はありません。

「株式会社・栗東市」の株主になるという感覚

栗東で家を建てること。
それは、派手な成長企業の株を買うようなギャンブルではありません。盤石な財務基盤と、多角化された事業ポートフォリオを持つ優良安定企業の株主になることに似ています。

商業施設の撤退リスクなどに過度に怯えることなく、産業が稼ぎ出す税収によって維持される道路や学校、手厚い子育て支援の上で、穏やかに暮らす。
地味に見えるかもしれませんが、これほど贅沢で賢い「街の使いこなし方」はないのかもしれません。

行政がどこを守り、どこを優先するのか。その線引きは、産業動線と税源の地図を見ればある程度予測がつきます。
その「守られる側」のエリアを選び取ることができるかどうかが、資産価値の下落リスクを抑えるための分岐点となるかもしれません。

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※都市計画情報に関する注記:この記事で解説している用途地域や都市計画に関する内容、および10年後の未来予測は、執筆時点の公表資料(栗東市都市計画マスタープラン等)や一般的な都市発展の傾向を基にしたものです。市の政策変更や社会情勢の変化により、将来的に変更される可能性があります。
土地のご契約や建築計画にあたっては、必ず栗東市の都市計画課など、行政の担当窓口で最新の公式情報をご確認の上、ご自身の責任において最終的な判断をお願いいたします。

(参照:滋賀県公式(地価調査)栗東市 都市計画マスタープラン栗東市都市計画道路見直し方針市街化調整区域における地区計画制度栗東の都市計画JRA 栗東トレセン環境ノート(二)―環境保全的ゾーニングの論理―札幌市の工業団地における土地利用コントロールと用途転換に係る居住環境問題に関する研究 等)