湖(うみ)と西の地勢

土地が持つ物語を読み解き、未来の資産を築く。滋賀の歴史と風土に学ぶ、住まいと土地の視点。

なぜ栗東の地価は安定しているのか?内需と交通が支えるベッドタウンの価値

草津市の隣で、同じように京阪神へのベッドタウンとして名前が挙がる栗東市。
草津の地価が熱気を帯びて上昇を続けるのを横目に、栗東の不動産市場はどこか「堅実な熱」を帯びています。JRの駅も近く、利便性も悪くないはずなのに、なぜこの街の温度感は隣町と少し違うのでしょうか。

その背景には、単なる隣町の追随ではない、この街が自らの内に持つ時間の流れがあるのかもしれません。
栗東の地価が示す「安定した上昇」の意味を、この街の産業構造と、そこに行き交う人々の暮らしの風景から考えてみます。

この記事のポイント
  • 栗東の地価は上昇傾向にあるが、草津のような過熱感とは異なり、JRAや工業などの内需に支えられた「堅実な推移」を見せている。
  • 新快速停車駅である草津との「通勤の質」の違いや、都市計画による無秩序な開発の抑制が、落ち着いた住環境を守っている。
  • 不動産としての性格は、草津の「成長株」に対し、栗東は「優良債券」に喩えられ、長期的な安定を求める層に適している。

JR栗東駅の西口の風景。ロータリーと平和堂の店舗が見える。

出典: Ritto station westside 2021 by 運動会プロテインパワー, licensed under CC BY-SA 4.0

数字の向こうにある栗東地価の現在地

まずは、地図の上にある数字を少し拾ってみます。
令和7年地価公示の概要 ↗によれば、栗東市の住宅地は前年比でおおむね3%前後の上昇となっており、草津市と同程度の上昇基調が続いています。決して停滞しているわけではありません。

一方で、平均価格に目を向けると1㎡あたり8万円台後半〜9万円弱(坪単価でおよそ25万〜30万円前後)。10万円を超える草津市の水準とは依然として開きがあり、市全体をならした数字として見れば、ここに「割安感」や「過熱しすぎない安心感」を感じる人もいるでしょう。

もっとも、同じ上昇基調の中にあっても、開発が進む駅前と歴史ある街道沿いでは、土地の顔つきも価格も大きく異なります。平均値という数字だけでは見えてこないその内訳を、もう少し解像度を上げて覗いてみます。

JR栗東駅周辺の地価と市場:現代的な利便性が牽引する「都心居住」の価値

JR栗東駅周辺。マンション開発が進む西口の綣エリアや、南側の霊仙寺エリアなどが、市の地価を牽引しています。

この街の「顔」と言っていいのが、JR栗東駅周辺(霊仙寺エリア)でしょう。
国土交通省の地価公示 ↗などのデータを参照すると、特に駅西口の綣(へそ)エリアでは160,000円/㎡(坪単価 約53万円)を超える地点も見られ、市内でも突出した価格帯を形成していることが読み取れます。

このエリアは、商業施設やマンションの集積が地価の上昇を牽引し続けています。
しかし、草津駅前のような「爆発的な高騰」とは少し趣が異なります。そこには、栗東市が意図する計画的な街づくりの意思と、土地が本来持っていたポテンシャルが融合しているからです。

「都心居住拠点」としての都市計画と資産性

栗東駅周辺の発展は偶然によるものではありません。歴史を振り返れば、このエリアは旧草津宿に近いという地理的条件から、近代以降、草津駅の補助的な役割を担う形で市街地が形成されてきた経緯があります。

特筆すべきは、その平坦で開発に適した地勢です。この地形的条件があったからこそ、現代的な区画整理や商業施設の誘致がスムーズに進み、現在の整然とした街並みが実現しました。
こうした背景を受け、栗東市都市計画マスタープラン ↗においても、このエリアは「都心居住拠点」として明確に位置づけられています。

これは、単に「人が住む場所」というだけでなく、商業・業務・文化などの多様な都市機能を集約し、歩いて暮らせる空間を目指すという行政のメッセージです。
都市計画の裏付けがあるということは、将来にわたってインフラ維持や再開発が優先的に行われる可能性が高いことを意味します。不動産価値の観点から見れば、行政が「ここを中心にする」と決めているエリアは、価格の下落リスクに対する強い抵抗力を持っていると言えるでしょう。

道路網の再編がもたらす将来的なポテンシャル

さらに注目すべきは、道路ネットワークの将来像です。
栗東駅周辺は既に整備が進んでいますが、市はさらなるアクセスの向上を見据えています。

栗東市都市計画道路見直し方針 ↗などの資料を読み解くと、市内各所や広域幹線道路から駅へのアクセス性を高めるための道路整備が、長期的な視点で検討されていることが分かります。
特に、国道1号や8号といった大動脈と駅周辺をスムーズに結ぶネットワークが強化されれば、車社会である滋賀県において、このエリアの「ハブ」としての価値はさらに高まるはずです。

現状の利便性だけでなく、こうした将来的なインフラ整備の余地が残されていることも、栗東駅周辺の地価を支える重要なファクターとなっています。

JR手原駅周辺の地価と市場:行政と歴史が交差する「生活文化」の落ち着き

JR手原駅周辺。市役所や図書館が集まる安養寺エリアは、行政の中心地でありながら歴史的な落ち着きも残しています。

もう一つの駅であるJR手原駅周辺(安養寺高野エリア)は、栗東駅とは少し異なる空気を纏っています。
市役所が立地するこのエリアは、栗東市の「行政の中心」としての顔を持ちます。滋賀県の地価調査 ↗などを見ても、安養寺エリアの住宅地は90,000円/㎡(坪単価 約30万円)前後で安定的に推移しており、栗東駅周辺のような商業的な華やかさは控えめですが、その分、落ち着いた暮らしを求める実需層からの支持が根強いことが伺えます。

「生活文化拠点」としての役割と住環境

このエリアの特性を一言で表すなら、「新旧の融合」でしょう。
旧東海道の「間の宿(あいのしゅく)」としての歴史を持つ手原・安養寺エリアは、古くからの集落と、昭和以降に開発された住宅地が混在しています。

市のマスタープランでは、この地域を「生活文化拠点」と位置づけています。
市役所や図書館、体育館といった公共施設が集積しており、行政サービスや文化活動へのアクセスが抜群に良いのが特徴です。

商業地としての地価上昇圧力は栗東駅ほど強くありませんが、その分、「静かに暮らす」「文化的に暮らす」という住環境としての質が評価されています。
急激な高層化が進む可能性も低いため、日当たりや景観といった住環境が将来にわたって守られやすいという点は、永住を考える上で大きな安心材料となります。

金勝川・葉山川が形成した扇状地の地盤

土地の価値を測る上では、地盤の良し悪しも見逃せません。
このエリアは、金勝山系から流れる河川が形成した緩やかな扇状地の上にあり、古くから人々が住み続けてきたという実績があります。

歴史があるということは、そこが災害に対して比較的安全で、水の便が良い場所であったことの証左でもあります。
地盤の確かさと歴史的な落ち着き。派手な数字には表れにくいこれらの要素が、手原エリアの不動産価値を底堅く支えている「見えない基礎」となっているのです。

葉山・大宝エリアの地価と市場:幹線道路と住環境が共存する「車社会」の最適解

葉山・大宝エリア。国道1号線や8号線に近く、車での移動が便利な一方、一歩入れば静かな住宅地が広がります。

栗東駅と手原駅の間、あるいは国道1号線と8号線に挟まれた葉山大宝エリア。
ここは、鉄道駅からの距離だけを見れば「不便」に分類されるかもしれません。しかし、近年の地価公示 ↗では、小柿大宝といったエリアで110,000円/㎡(坪単価 約36万円)前後と、駅から少し離れた場所でも堅調な価格を維持しており、車社会である滋賀県の実情に照らせば、極めて合理的な「戦略的立地」として評価されていることが分かります。

「住居系用途地域」が守る住環境の質

このエリアの地価を支えているのは、計画的に守られた住環境です。
栗東の都市計画 ↗図を確認すると、このエリアの多くが「第一種低層住居専用地域」や「第一種住居地域」に指定されていることが分かります。

これは、パチンコ店や大規模な工場などが建てられないよう、法的に制限がかけられていることを意味します。
幹線道路に近いという利便性を持ちながら、一歩中に入れば静かな住宅街が広がる。この「動」と「静」のバランスが担保されていることが、子育て世帯からの根強い人気に繋がり、地価の安定性を生んでいます。

国道バイパスと「市街化調整区域」の関係

また、このエリアの価値を考える上で欠かせないのが、周辺に広がる「市街化調整区域」の存在です。
栗東市では、市街化調整区域における地区計画制度 ↗を厳格に運用しており、無秩序な開発(スプロール現象)を抑制しています。

無尽蔵に宅地供給がされないからこそ、既存の市街化区域内にある宅地の希少性が保たれる。経済学でいう「供給の制限」が、資産価値の維持に寄与している構造です。
さらに、国道8号バイパスなどの広域幹線道路へのアクセスが良いことは、県内の工業団地へ車通勤する層にとって、駅近以上の価値を持ちます。

「電車には乗らないが、車でどこへでも行ける」。
この実利的なニーズが、駅から離れたエリアの地価を支える、栗東ならではの太い柱となっています。

安定を支える栗東の「内実」

「上昇しているが、浮かれていない」。この栗東市場の性格を作っているのは、単なる偶然ではありません。その背景には、いくつかの構造的な理由があります。

内需を生む巨大な基盤産業

栗東市の経済、ひいては不動産市場の最大の安定要因として、JRA栗東トレーニング・センター ↗の存在は外せません。
経済地理学で言うところの「基盤産業」。地域の外から資金を獲得し、市内に循環させる心臓部です。多くの専門的な雇用がこの地に根付き、安定した住宅需要を生み出し続けています。

JRA栗東トレーニング・センター前のバス停と周辺の風景。地域の象徴的な場所であることがうかがえる。

出典: 栗東トレーニングセンター前 by こちゅだぁほ, licensed under CC BY 4.0

また、名神高速道路のインターチェンジに加え、主要国道が交差する交通の要衝であることから、工業や物流の拠点としての性格も持っています。
この強固な「内需」が、外部の景気変動や不動産市況の波から栗東市場を守る、ある種の防波堤になっているのでしょう。草津が京阪神からの流入という「外需」に大きく依存しているのとは、少し構造が異なるのです。

堅実な都市計画という「防波堤」

もう一つの柱が、市の堅実な都市計画です。
都市計画マスタープランを読み込むと、草津のような拡大成長を目指すのとは対照的に、「既存市街地の成熟と維持」に重点が置かれていることに気づきます。JR栗東駅周辺を中心的な拠点としつつ、市街化調整区域では無秩序な開発を抑制し、田園風景やトレーニング・センター周辺の静寂を守るという意志が見て取れます。

この一貫した方針が、不動産価値の乱高下を防ぎ、将来の住環境に対する予測可能性を高めているのかもしれません。

通勤の「質」で計る物差し

草津と栗東を比較する際、多くの人がまず気にするのは「新快速が停まるかどうか」でしょう。
確かに、スピードにおいて新快速を利用できる草津が勝ります。ただ、毎日通勤する人にとっては、時刻表の数字には表れない「通勤の質」も無視できない要素です。

草津駅や南草津駅の朝のラッシュ時の混雑は、かなりのものがあります。一方で、普通電車しか停まらない栗東駅のホームは、比較的落ち着いています。JR西日本のデータ ↗を見ても、草津駅の乗車人員が上位にランクインする一方、栗東駅はその数分の一程度。この数字の差は、そのまま朝のゆとりの差に繋がっているのかもしれません。

栗東駅のタクシー乗り場で運転手の方と言葉を交わした際、「ここは早朝や深夜、トレセン関係のお客さんが多いんだよ」と教えてくれました。街の産業と人々の生活リズムが、駅前の風景にも静かに滲み出ているようです。

成長株か、優良債券か

不動産を投資対象として捉えると、草津と栗東が持つ性格の違いはより鮮明になります。

草津の不動産は、人口増加と都市開発を背景に、将来的な値上がり益(キャピタルゲイン)が期待できる「成長株」のような性格を持っています。
その分、価格変動の波にさらされる可能性もあり、高値掴みのリスクもゼロではありません。

一方、栗東の不動産は、安定した産業基盤と実需に支えられ、派手な急騰こそないものの、暴落するリスクも低い「優良債券」に喩えることができるでしょう。
短期的な売却益を追うのではなく、長期にわたって安定した資産として保有する。そんな堅実な設計に向いている市場です。

夕暮れの栗東駅西口。ロータリーに静かに入ってくる迎えの車を見ていると、ここにあるのは「停滞」ではなく、あえて選ばれた「静寂」なのだと気づかされます。熱を帯びる隣町を横目に、この街は明日も変わらず、淡々とした自分たちの時間を刻んでいくのでしょう。

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※価格情報に関する注記:この記事で言及している坪単価や変動率は、2025年1月時点の公示地価や市場の取引事例等を基にしたものであり、あくまで目安の数値です。実際の不動産価格は、個別の土地が持つ形状、面積、方位、法規制、インフラの状況など、様々な要因によって変動します。
土地のご契約に際しては、必ず地元の不動産会社や行政の担当窓口にご確認の上、ご自身の責任において最終的な判断をお願いいたします。

更新履歴:2026年1月18日

最新の公表資料(栗東市都市計画道路見直し方針、市街化調整区域における地区計画制度等)に基づき、各エリアの地価動向および将来性の解説を加筆・修正しました。

(参照:国土交通省 地価公示地価公示の公表資料(滋賀県における概要)滋賀県公式(地価調査)栗東市都市計画マスタープラン栗東市都市計画道路見直し方針市街化調整区域における地区計画制度JRA栗東トレーニング・センター 等)