湖(うみ)と西の地勢

土地が持つ物語を読み解き、未来の資産を築く。滋賀の歴史と風土に学ぶ、住まいと土地の視点。

数字の裏側にある現実:近江八幡の「保活」から逆算する、後悔しない土地選び

ヴォーリズ建築の美しい幼稚園に、子どもを通わせたい。でも、私たちの通勤を考えると、JR駅の南側じゃないと難しいかもしれない。
近江八幡で子育てと家づくりを考え始めると、多くの家庭がこの「文化的な憧れ」と「日々の動線」という、二つの引力の間で揺れ動くことになります。

草津のような熾烈な椅子取りゲームとも、彦根の武家文化に根差した保育観とも違う、近江八幡の保活が持つ空気。
この街の保活の難しさは、JR線という物理的な境界線と、その両側に広がる異なる保育のあり方を、どう繋いでいくかという点にあるようです。

この記事のポイント
  • 近江八幡の保活は、JR線で分断された「旧市街の文化」と「新市街の利便性」のどちらを重視するかという点に特徴がある。
  • 駅北の「地域で育む」保育と、駅南の「サービスを選ぶ」保育。それぞれのメリット・デメリットを具体的に比較する。
  • 「3歳の壁」や保育士不足といった構造的な課題を理解した上で、「逆算思考」で土地を探すことが後悔しない手立てとなる。

明るい光が差し込む近江八幡市立図書館の児童書コーナー。子どもたちが本に親しむための大切な場所となっている。

出典: Omihachiman City Library childrens books floor ac (7) by Asturio Cantabrio, licensed under CC BY-SA 4.0

JR線が分かつ、二つの保育文化圏

近江八幡の保活が少し複雑なのは、JR琵琶湖線という一本の線路が、街の地理だけでなく、保育や教育に関する雰囲気をも二つに分けているからです。
駅の北側には商人の気風とヴォーリズの精神性が息づき、南側には現代的な利便性が広がっています。

歴史と地域で育む「旧市街エリア(駅北)」

八幡堀を中心に、ヴォーリズ建築が点在する駅北エリア。
ここには、ヴォーリズ学園のような独自の教育理念を持つ私立の園や、地域に長く根ざしてきた小規模な公立園が多くあります。

このエリアの魅力は、地域コミュニティとの距離の近さでしょう。
園庭は広くなくても、すぐそばにある八幡堀や公園が子どもたちの遊び場になり、街全体で子どもを見守るような温かい雰囲気があります。親同士も顔なじみになりやすく、子育ての情報を交換したり、困ったときには助け合ったり、といった関係性が生まれやすいのかもしれません。

とはいえ、施設の歴史が長い分、設備が最新ではなかったり、共働き世帯のニーズに応える長時間の延長保育に対応していなかったりする園もあるようです。
送迎の面では、旧市街特有の狭い道路が少しネックになります。車での送迎には少し気を使う場面もあり、日々の動線を具体的にシミュレーションしておく必要がありそうです。

八幡堀を中心とする旧市街エリア。歴史的な環境と地域コミュニティが保育文化の背景にあります。

習い事の選択肢と利便性で選ぶ「新市街エリア(駅南)」

JR駅の南側に広がる新市街地は、イオンなどの商業施設が集まる、現代的な利便性に満ちたエリアです。
このエリアには、近年設立された大規模な認定こども園が多く、その選択肢の多さが魅力ですね。

新しい施設は設備も充実しており、ネイティブ講師による英語レッスンや、外部の体操クラブと連携した体育指導を取り入れている園も見られます。
長時間の預かり保育に対応している場合が多く、駐車場も完備されているため、車での送迎もスムーズ。京阪神へ通勤する共働き世帯にとっては、非常に効率的な暮らしができます。

とはいえ、その利便性と選択肢の多さから人気が集中し、入園の競争が激しくなる傾向があります。
特に0歳、1歳といった低年齢児クラスは、市内でも屈指の激戦区となっているのが実情です。

JR近江八幡駅南口周辺。新しい保育施設や商業施設が集積し、利便性が高いエリアです。

数字の裏にある「入りにくさ」の実態

近江八幡市の待機児童数は、数字の上では少なく見えます。
しかし、市の公表資料を詳しく見ると、希望する園に入れなかった「保留児童」は一定数存在し、保護者が体感する「入りにくさ」との間にはギャップがあるのが実情です。

小規模保育の増加と「3歳の壁」

市もこの問題に対応するため、近年は特に駅南エリアを中心に、定員19人以下の小規模保育事業所の増設を進めてきました。
これにより0〜2歳児の受け皿は一定数確保されつつありますが、これが新たな課題を生んでいる一面もあります。

小規模保育事業所は原則2歳児クラスまでしかありません。そのため、卒園後に3歳児クラスから受け入れてくれる連携施設へ転園する必要があり、これが「3歳の壁」と呼ばれる問題です。必ずしも希望の連携施設に入れるとは限らず、再び園探しが必要になるケースも少なくありません。

南北をまたぐ送迎リスクへの備え

この「3歳の壁」が、近江八幡では地理的な分断と重なって、少し厄介な問題になることがあります。
多くの小規模保育が集中する駅南エリアから、連携先となる歴史ある幼稚園などが駅北エリアにある場合、JR線を越えての送迎という、新たな動線の負担が発生するのです。

このリスクを完全にゼロにするのは難しいかもしれません。
ですが、土地選びの段階で視点を一つ加えることはできます。それは、駅までの距離だけでなく、「南北をつなぐアンダーパスへ出やすいか」や「混雑する踏切を回避できるルートがあるか」を確認しておくことです。

いざ遠方の園に通うことになっても、物理的な動線さえ確保されていれば、日々の負担は大きく変わります。この「南北移動のしやすさ」を土地の評価軸に組み込んでおくことが、長く続く子育て期間の安心材料になるはずです。

朝の送迎が描く、暮らしの風景

旧市街の歴史に根ざしながら、新市街の利便性を享受する。
その二つの世界をどう行き来し、自分たちの暮らしの中に編み込んでいくか。そこにこそ、この街での子育ての面白さがあるようにも思えます。

ヴォーリズは、西洋の建築様式と、日本の気候風土や美意識を見事に融合させました。
彼の建築が今もなお古びないのは、その優れたバランス感覚にあるのかもしれません。

近江八幡での保活と土地選びも、どこかそれに似ています。
旧市街の文化的な空気と、新市街が提供する現代的な習い事の数々。その両方を視野に入れ、自分たちの家族にとって心地よい比率を見つけ出す。

朝、子どもを旧市街の園に預け、八幡堀のほとりを歩いて駅へ向かう。あるいは、新市街の園へ車で送り届け、そのままスムーズに職場へ向かう。
どちらの朝の風景が、自分たちの家族にとって自然なものに感じられるか。その感覚を信じることが、日々の暮らしの質を高めていくのでしょう。

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※保育施設に関する注記:この記事で言及している待機児童や施設の状況は、執筆時点の公表データや一般的な傾向を基にしたものです。実際の状況は年度や個別の施設によって大きく異なります。
土地のご契約や入園の計画に際しては、必ず近江八幡市の担当窓口(子育て支援課など)で最新の公式情報をご確認の上、ご自身の責任において最終的な判断をお願いいたします。

(参照:近江八幡市 子育て支援課滋賀県保育士・保育所支援センターこども家庭庁(保育所等関連状況取りまとめ)近江八幡市 市立小・中学校の通学区域一覧文部科学省 学校基本調査 等)