湖(うみ)と西の地勢

土地が持つ物語を読み解き、未来の資産を築く。滋賀の歴史と風土に学ぶ、住まいと土地の視点。

城下町での二世帯同居:彦根の歴史的制約を活かして世帯間の距離をデザインする

彦根の城下町で、親世帯との二世帯同居を計画する。そのとき、多くの人が頭を悩ませるのが、この土地ならではの「窮屈さ」でしょう。間口が狭く、隣家が迫る敷地。家の顔となるデザインにも、景観条例という制約がかかります。

この一見不自由に思える制約が、二つの家族の「心地よい距離感」を生み出すための、最高の設計ツールになるのだとしたら。大津の坂道では高低差が世帯を分けましたが、彦根の城下町は、その旧来の敷地の「奥行き」で、家族の関係性をデザインさせてくれるようです。

この記事のポイント
  • 彦根の二世帯住宅は、城下町特有の「間口が狭く奥行きが深い」敷地形状を、世帯間の距離を創出するツールとして活かす。
  • 「通り庭」や「坪庭」といった伝統的な空間構成を、プライバシーと交流を両立させる現代的な設計に応用する。
  • 景観条例は「二つの玄関」のデザインに影響を与えるが、それを逆手に取ることで、街並みと調和した個性的なファサードが生まれる。

歴史を感じさせる古い木造の長屋門と、その奥に続く白壁の塀。

出典: Fuwa-ke Jutaku Mon & Hei by Suikotei, licensed under CC BY 4.0

城下町のかたちが規定する二世帯の距離

彦根の二世帯住宅の設計は、まずこの土地が持つ旧来の「かたち」、つまり間口が狭く奥行きが深い、特有の敷地形状を読み解かねばなりません。この形状こそが、プライバシーと交流のバランスを計る上での、すべての出発点になるのです。

通り庭が創出する緩やかな分断と接続

彦根の町家建築には、玄関から奥の庭へと続く「通り庭」や、建物の中間に配された「坪庭」といった場所がよく見られます。これを現代の二世帯住宅に応用し、二つの世帯の間に共有の庭を設ける、という方法があります。
この庭は、視線を緩やかに遮ることでプライバシーを確保しつつ、光と風を両方の世帯に届ける緩衝帯(バッファーゾーン)として機能します。

彦根の城下町のように、隣家との距離が近く、敷地も限られる場所では、「距離感のデザイン」がより大きな意味を持ちます。物理的に離れることが難しい分、視線や音、気配を建築的にどうコントロールするかが、日々の暮らしの快適性を直接左右するからです。
共有の庭は、常に顔を合わせる緊張感と、無関心な孤立の両極端を避け、適度な関係性を保つための、優れた建築的な装置となり得るのです。

通り側と奥側に見る心理的な領域の分割

間口の狭い敷地では、必然的に「通りに面した賑やかな場所」と「奥まった場所」が生まれます。これは、彦根の町家が旧来から持っていた空間構成そのものです。
通りに面した店は商いや客人の応対に使われる「公(パブリック)」の場所であり、奥に進むほど「住まい」という「私(プライベート)」の場所になっていました。

この旧来の場所のグラデーションは、現代の二世帯住宅におけるプライバシーの問題を解決する、大きな手がかりを与えてくれます。
例えば、人の出入りが多く、活動的な子世帯を通り側に配置し、穏やかな暮らしを望む親世帯を奥側に配置する。あるいは、それぞれの世帯の生活時間帯を考慮して、朝型の親世帯を東側に、夜型の子世帯を西側に配置するといったゾーニングも考えられます。
彦根の町家が持っていた「公と私の使い分け」を、二世帯の暮らしの中に再構築するのです。

景観条例と二つの玄関のデザイン

二世帯住宅の象徴とも言える「二つの玄関」。
これを、景観条例が求める「通りとの調和」の中でどう表現するかは、彦根ならではの設計上の大きな課題であり、同時に腕の見せ所でもあります。

見せる玄関と隠す玄関

条例が求めるのは、街並みとしての統一感です。そのため、ひとつの建物に異なるデザインの玄関が二つ並ぶことは、通りの景観を乱す要素と見なされる可能性があります。

そこで有効なのが、通りからは大きな門構えを持つひとつの家に見せかけ、その奥にそれぞれの世帯への玄関を配するアプローチです。
あるいは、子世帯の玄関は通りに面して開放的に、親世帯の玄関は路地や坪庭に面してひっそりと設ける、といったデザインも考えられます。これにより、それぞれの世帯の暮らしぶりや、街との関わり方の違いを、ファサード(建物の正面)のデザインで表現することができます。

ただし、二つの玄関を設ける際には、建築確認申請上の扱いや、電気・水道メーターの分離、将来の税務上の扱いなど、法規的な確認事項も増えてきます。設計の初期段階で、建築士や市役所の担当窓口と協議することが不可欠です。

彦根城周辺の城下町エリア。間口の狭い敷地が多く、二世帯住宅の設計には工夫が求められます。

彦根で考える三つの同居のかたち

これらの彦根特有の条件を踏まえ、具体的な同居のスタイルを三つのモデルで考えてみます。

通りと奥で世帯を分ける完全分離型

これは、彦根の町家形式を最も素直に応用した手法です。通りに面した側に子世帯の住居を、敷地の最も奥に親世帯の住居を配置し、その間を共有の坪庭や光庭で繋ぎます。

この形式の利点は、プライバシーの確保しやすさにあります。
生活音も完全に分離でき、それぞれの世帯が独立した暮らしを送ることができます。郵便ポストやメーターも別々に設けることで、家計の分離も明確になります。

ただし、敷地に十分な「奥行き」がなければ成立しません。また、奥に配置される親世帯の日当たりや風通しをどう確保するかが、設計上の大きな難題になります。高窓を設けたり、天窓から光を落としたりといった、立体的な工夫が不可欠です。

坪庭を介して繋がる一部共用型

玄関や浴室といった一部のスペースを共有しつつ、主要な生活空間は分けるスタイル。ここでも、彦根町家の「坪庭」が重要な役割を果たします。
例えば、玄関から続く土間の両脇にそれぞれの世帯の入り口を設け、その先の共有リビングが坪庭に面している、といった構成が考えられます。

建築の世界では、小さな中庭が持つ効果は、その面積以上であると言われることがあります。閉ざされた空間の中に、空と繋がるわずかな「抜け」をつくることで、視覚的な広がりだけでなく、心理的な解放感をもたらすからです。
二世帯住宅における坪庭も、きっと同じような役割を果たしてくれるでしょう。

この形式は、世帯間の緩やかな交流を生む可能性があります。週末の朝、親世帯が淹れたコーヒーの香りが坪庭を介して子世帯に届く。付かず離れずの心地よい距離感です。
ただし、共有部分の使い方や光熱費の分担など、事前に細かなルールを決めておくことが、良好な関係を維持する上で欠かせません。

階で役割を分ける柔軟な同居型

1階を共有スペースと親世帯、2階を子世帯とするシンプルな上下分離も、もちろん候補のひとつです。しかし、ここにも彦根ならではの難題が潜んでいます。景観条例による「高さ制限」です。

城下町景観形成地域などでは、自治体の都市計画によって10mまたは12mといった高さ制限が設定されている場合があります。その中で、2階部分に十分な天井高と、快適な日照・通風を確保するには、設計上の緻密な計算が必要です。
場合によっては、平屋+αのように、建物全体を2階建てにするのではなく、親世帯の居住スペースの上だけを子世帯のスペースとするような、部分的な2階建ての構成が良い場合もあります。

「中庭」で交差する視線

二世帯住宅の中心に設けた中庭に、雨が降り注ぐ午後。
1階の親世帯からは、濡れた飛び石の風情が見え、2階の子世帯からは、雨に煙る瓦屋根が見える。

同じ庭を違う角度から眺めながら、ふと互いの気配を感じる瞬間。
直接顔を合わせなくても、そこに誰かがいるという安心感が、雨音と共に家の中に満ちていきます。

壁で隔てるのでもなく、無理に一緒になるのでもない。
中庭という余白を介して、気配だけでつながる関係。それが、この街で二つの家族が長く暮らしていくための、一つの作法と言えるでしょう。

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※設計・費用に関する注記:この記事で言及している内容は、一般的な設計の考え方や費用の傾向を述べたものです。実際の計画に際しては、個別の敷地の法規制や条件、ご家族の要望に基づき、必ず建築士などの専門家にご相談ください。また、彦根市役所の都市計画課・建築指導課などでの事前相談を推奨します。

(参照:彦根市公式サイト国土交通省 地価公示国税庁 住宅税制 等)