大津の丘陵地から望む、息をのむような琵琶湖のパノラマ。あるいは、湖岸の平坦で便利な土地から感じる、穏やかな水面のきらめき。
どちらも人々を惹きつけてやまない風景ですが、その美しさを成り立たせている地形そのものが、全く異なる種類の災害リスクを内包しているとしたら、私たちは何を基準に安全を判断すれば良いのでしょうか。
草津や彦根のリスクが、人間の活動が作った地形や河川の振る舞いに起因する部分が大きいのに対し、大津のリスクはもっと根源的なものかもしれません。
比叡山系という急峻な山地と、日本最大の湖、そしてその唯一の出口である瀬田川。巨大な自然の力同士がせめぎ合う、圧倒的なスケールの地形と対峙すること。それが、大津で土地を選ぶことの本質なのでしょう。
ここでは、マップの色をなぞるのではなく、大津の雄大な地形に刻まれた災害の記憶を読み解いていきます。
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この記事のポイント
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出典: Drone panorama of Mount Hiei from the northeast by Benlisquare, licensed under CC BY-SA 4.0.
山の記憶と土砂災害
大津の山麓部が持つリスクの要因には、「古琵琶湖層群」と呼ばれる特殊な地層の存在が指摘されています。これは、現在の琵琶湖よりもずっと昔、このあたり一帯が湖だった時代に堆積した地層のことです。
学術的な研究によれば、この地層は場所によってもろい砂や滑りやすい粘土で構成されており、急な傾斜や豊富な地下水といった条件が重なると、地すべりや土砂崩れを引き起こしやすくなる可能性があると考えられています。
特に警戒が必要なエリアとして、大津市 ハザードマップ(WEB版) ↗では坂本本町、穴太、南滋賀、錦織、山上町といった比叡山系の東麓一帯、そして石山外畑町、田上といった湖南アルプスに連なる山麓部で、土砂災害警戒区域が数多く指定されています。
また、指定区域だけでなく、県による基礎調査結果 ↗(新たな警戒区域の候補選定)も随時公表されており、現在は色がついていない場所でも、将来的にリスクが顕在化する可能性があることには注意が必要です。
建築によるリスク対応
「土砂災害特別警戒区域(レッドゾーン)」に指定された土地では、安全を確保するため、建築物に一定の構造上の配慮が求められます。例えば、建物の崖に面する壁を鉄筋コンクリート(RC)造にしたり、基礎を強化したりといった措置が必要となり、これは建築コストや設計の自由度に直接影響してくるでしょう。
イエローゾーン(土砂災害警戒区域)内であれば、建物の配置を工夫することでリスクを軽減できる場合があります。敷地内で可能な限り崖から距離を取って建物を配置し、崖側に寝室のような重要な居室を設けない、といった設計上の配慮が有効です。昔の人は山の麓に家を建てるとき、尾根ではなく谷筋を避けたと聞きますが、これも水の流れ道を知る、古くからの知恵だったのかもしれません。
そして、もし敷地に既存の擁壁がある場合は、その安全性が生命線となります。ひび割れや傾きがないか、そして重要なのが水抜き穴が適切に機能しているか。専門家による擁壁の健全性診断は、必須の手順と言えるでしょう。
山の麓に広がる坂本エリア。地質的な要因と急峻な地形から、土砂災害警戒区域が多く指定されています。
湖の記憶と長期浸水
琵琶湖が引き起こす「外水氾濫」は、出口が瀬田川しかない巨大なバスタブから水が溢れるように、「じわじわと、しかし広範囲に」浸水するのが特徴です。ここで重要になるのが、浸水の深さ以上に「浸水継続時間」です。明治29年の大水害では、場所によって200日以上も浸水が続いたという記録も残っています。
現代の治水技術で当時と同じ状況になるとは限りませんが、湖岸の平坦な地形、特に埋立地などでは、一度浸水すると長期間水が引かない可能性があることは、考慮すべきリスクです。
ハザードマップ上では、特に湖岸の埋立地であるにおの浜、由美浜、そして湖西の唐崎、雄琴、堅田の湖岸沿い、湖東では粟津町、松原町、木下町といった瀬田川河口周辺の広大な平野部が、深刻な浸水想定区域として示されています。
時間を乗り切る建築
浸水リスクに対しては、物理的に水を避ける設計と、万が一浸水しても被害を最小限に抑え、復旧しやすくする設計の両面からアプローチします。
最も効果的なのは、ハザードマップで想定される浸水深よりも高く、居住空間の床を上げることです。基礎を高くする高基礎や、1階部分を駐車場などの吹き放し空間(ピロティ)とする高床式の設計がこれにあたります。これにより、床上浸水のリスクを劇的に軽減できるでしょう。
生活インフラを守ることも重要です。分電盤や給湯器、エアコンの室外機といった主要な設備を、想定浸水深よりも高い位置(例えば2階)に設置することで、浸水後のライフラインの早期復旧に繋がります。
また、1階部分には水に濡れても変形や腐食がしにくい建材を選ぶという考え方もあります。床材は無垢材よりも塩ビ系のフロアタイル、壁は紙クロスではなく水拭き可能なビニルクロスを選ぶ、といった判断です。
埋立地で標高が低いにおの浜エリア。琵琶湖の氾濫時には広範囲での浸水が想定されています。
川の記憶と複合災害
大津の災害リスクを最も複雑にしているのが、琵琶湖唯一の流出河川である瀬田川の存在です。瀬田川の水量は『瀬田川洗堰(南郷洗堰) ↗』(水位操作による治水の要)によって人工的にコントロールされていますが、この操作が琵琶湖の水位、ひいては湖岸の浸水リスクと密接に連動しているのです。
この関係性が、大津市特有の「複合災害」のリスクを生み出す可能性があります。
これについては少し想像力を働かせる必要がありますが、例えば台風による豪雨が山麓で土砂災害を引き起こし、同時にその雨水で琵琶湖の水位が急上昇、さらに下流の安全のために瀬田川からの放流も制限される、という状況。
その結果、山麓の土砂災害と湖岸の浸水害が同時に発生する事態です。
だからこそ、ハザードマップを個別にではなく、常に重ね合わせて見ることが極めて重要になるわけです。
この瀬田川洗堰の操作が、琵琶湖の水位を左右し、湖岸の浸水リスクと下流の洪水リスクのバランスを取っています。
安全の所在を問う
災害リスクのない場所を探し回るよりも、その土地が抱える自然の振る舞いをどう受け止めるか、その覚悟を決める方が建設的かもしれません。
堅田の浮御堂近くで、波に洗われる古い石垣を目にしたとき、そう確信しました。
何百年もの間、人々はここで水の恵みを受け取りながら、時に荒れる自然と巧みに折り合いをつけて暮らしてきたのでしょう。
山麓部を選ぶなら、擁壁の強化や構造への投資で、突発的な衝撃に備える。
湖岸部を選ぶなら、高基礎や水災補償という経済的な防波堤で、浸水リスクと共存する。
必要なのは、リスクを恐れることではなく、それを制御するための具体的な戦略とコストを、家づくりの予算に最初から組み込んでおく冷徹さです。
その準備さえ整えば、大津の雄大な地形は脅威としてではなく、日々の暮らしを彩る比類なき背景として、私たちを受け入れてくれるはずです。
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※ハザードマップ情報・費用に関する注記:この記事で解説している内容は、執筆時点の公表資料に基づく一般的な傾向や可能性を述べたものです。ハザードマップや警戒区域の指定、建築に関する規制は、最新の知見に基づき更新されることがあります。また、記載の費用はあくまで目安であり、個別の状況によって大きく変動します。
土地のご契約や建築計画に際しては、必ず大津市の公式サイトで最新のハザードマップをご確認いただくとともに、防災危機管理課、建築指導課などの担当窓口や、建築士・地盤調査会社といった専門家にご相談の上、ご自身の責任において最終的な判断をお願いいたします。
(参照:大津市 ハザードマップ(WEB版)、滋賀県 土砂災害防止法とは、大津市 基礎調査結果の公表、国土交通省 浸水被害防止に関するガイドライン、琵琶湖河川事務所 瀬田川洗堰、大津市地域防災計画、国土地理院 地理院地図、J-STAGE 等)