湖(うみ)と西の地勢

土地が持つ物語を読み解き、未来の資産を築く。滋賀の歴史と風土に学ぶ、住まいと土地の視点。

土地の記憶を読む:旧草津川と内湖の干拓史が語る、草津の水害リスクの本質

草津市のハザードマップを広げると、多くの人が便利だと考える駅前や、美しい湖岸エリアにもはっきりと色が塗られていることに気づきます。
「赤や黄色は危ない」と漠然と感じるだけでなく、その色の奥にある土地の来歴を知ることで、リスクの本質が見えてくるはずです。

草津市の水害リスクを読み解く材料は、「天井川」と「干拓」という、この街の発展を支えてきた二つの地形の歴史そのものに隠されています。ここでは、土地が重ねてきた時間の中から、現代のリスクが生まれた理由を探ってみたいと思います。

この記事のポイント
  • 草津市の水害リスクは「旧天井川」と「内湖の干拓」という土地の歴史と深く結びついている。
  • 洪水・内水・土砂災害の3つのリスクに対し、建築対策や行政の都市計画から具体的な対応策を考察する。
  • 土地探しは「対策を講じて利便性を取る」か、「安心感を優先する」か、という暮らし方の決定でもある。

草津駅東口のペデストリアンデッキからの眺め。百貨店や商業ビルが立ち並び、多くの人々が行き交っている。

出典: JR Kusatsu Station East Gate View 200711 by HA200711, licensed under CC BY-SA 3.0.

地形に刻まれた記憶 水害リスクを形づく二つの材料

ハザードマップを読み解く前に、草津市の土地が持つ二つの大きな地理的特徴を理解しておく必要があります。これが、市内各所のリスクの根底に流れています。

旧草津川 市街地の上を流れた天井川の記憶

現在の草津駅のすぐ南側、開放的な公園「de愛ひろば」として親しまれている場所。ここは、2002年に新しい流路に切り替えられるまで、川底が周辺の地面よりも高い位置にある「天井川」でした。

土砂が堆積しやすい草津川は、氾濫を防ぐために人々が堤防をかさ上げし続けた結果、このような特異な川となったのです。川が廃止された今も、その堤防跡地は周囲より小高くなっており、その両側、特に大路・草津・西渋川といったエリアは、相対的に低い土地となっています。
このわずかな高低差が、短時間の集中豪雨の際に、行き場を失った雨水を集めやすい「内水氾濫」のリスクに繋がっています。公園の穏やかな風景の足元に、そうした土地の記憶が横たわっていると考えると、少し見え方が変わってくるのではないでしょうか。

旧草津川の河川敷跡地を活用した公園「de愛ひろば」。かつては周囲より高い位置に川が流れていた。

出典: Kusatsu River Ruins Park 2021-07 ac (1) by Asturio Cantabrio, licensed under CC BY-SA 4.0

内湖の干拓 琵琶湖岸に広がる低平地の成り立ち

現在のイオンモール草津が立地する新浜町や、その周辺の矢橋町一帯は、かつて「矢橋内湖」や「山田内湖」といった広大な湿地帯でした。戦後の食糧難を解消するため、多くの人の手によって干拓され、広大な農地となり、そして現代、宅地として開発された歴史があります。

もともとが湖の底であったため、このエリアは標高が低く、非常に平坦な地形をしています。内湖再生全体ビジョン ↗を確認すると、かつての内湖がどこまで広がっていたか、その変遷を知ることができます。
この土地の成り立ちが、大雨による琵琶湖の水位上昇(琵琶湖氾濫)の影響を直接受けやすく、また一度水が溜まると抜けにくい、という性質に繋がっているのです。

三つの視点で読む 草津市の水害リスク

草津市のハザードマップは、主に「洪水」「内水」「土砂災害」の三種類を想定しています。草津市 ハザードマップ ↗では、リスクごとに色分けされた詳細な地図や、避難所の位置関係を確認することができます。それぞれリスクが顕在化するエリアが異なります。

洪水リスク 琵琶湖と河川がもたらす浸水

これは、大雨によって琵琶湖そのものの水位が異常上昇したり、市内の中小河川が氾濫したりする、「外水氾濫」のリスクです。

特に注意すべきは、前述の干拓地である新浜町、矢橋町をはじめ、橋岡町、穴村町といった湖岸沿いのエリア全般
浸水深は最大で3.0m〜5.0m(建物の2階に達するレベル)と想定される場所もあり、深刻な被害が懸念されます。琵琶湖氾濫で留意すべきは、一度浸水すると水が長期間引かない「浸水継続時間」の長さです。
地形が平坦なため排水が遅れ、場所によっては1週間以上も浸水状態が続くと想定されています。

イオンモール草津が位置する新浜町周辺。かつて内湖だったこのエリアは標高が低く、広範囲での浸水が想定されています。

内水リスク 都市化が生んだ見えない浸水

内水氾濫は、川から離れた便利な市街地にも潜んでいます。短時間の集中豪雨で、街の排水能力を超えた雨水が溢れ出す現象です。

旧草津川周辺のエリア(大路、草津、西渋川など)は、周囲よりわずかに低い「皿状の地形」をしているため、雨水が集まりやすく、道路冠水や床上・床下浸水が発生するリスクがあります。
また、南草津駅周辺エリア(野路、野路東など)も、急速な宅地開発で地面がアスファルトで覆われた結果、雨水が地面に浸透しにくくなり、想定を超える豪雨の際には排水能力の限界を超えてしまう可能性が指摘されています。

現在の「de愛ひろば」周辺。かつての天井川の堤防跡が周囲より高くなっており、その両側の市街地が内水氾濫のリスクを抱えています。

土砂災害リスク 限定的だが確認は必須

草津市は大部分が平野部ですが、東側には金勝山系のなだらかな丘陵地が広がっており、限定的ながら土砂災害のリスクも存在します。

対象となるのは、馬場町、岡本町、青地町の一部。特に山林に隣接する斜面や、沢の出口にあたる場所が警戒区域に指定されています。
土地を検討する際は、草津市の土砂災害警戒区域および土砂災害特別警戒区域(急傾斜地の崩壊) ↗の一覧などを参考に、必ず「土砂災害特別警戒区域(レッドゾーン)」に指定されていないかを確認する必要があります。

市の東部に位置する馬場町周辺。丘陵地に近く、限定的ですが土砂災害への注意が必要です。

「防御」の手段と 行政が示す街の意思

ハザードマップでリスクの色を確認したあと、次にすべきは具体的な「防御」の準備です。
もっとも直接的なのは、やはり建物そのものを強くすることでしょう。洪水リスクが高い湖岸エリアであっても、基礎を高く持ち上げる「高基礎」や、敷地全体をかさ上げする「盛り土」を施すことで、物理的に水を遠ざけることは可能です。
これらは決して安くない追加費用を伴いますが、その土地の利便性と引き換えに支払う「安心への対価」と捉えることもできます。

物理的な壁だけでなく、経済的な壁も忘れてはいけません。
万が一の被災時に生活再建の命綱となるのが、火災保険の「水災補償」です。ハザードマップのリスクレベルに合わせてこの補償を手厚く設計することは、見えない防波堤を築くことに等しい行為です。

また、草津市の「立地適正化計画」という行政の資料を広げると、街の意志が見えてきます。
草津市立地適正化計画 ↗では、JR草津駅や南草津駅の周辺が、将来にわたって居住を誘導すべきエリアとして指定されています。ハザードマップ上では内水リスクがある場所でも、市がそこを居住エリアの中核と定めている事実は、今後も重点的に治水対策やインフラ整備への投資が行われる可能性を強く示唆しています。
行政がどこを守ろうとしているのか、その意図を読み取ることもまた、賢い土地選びの技術なのです。

「知る」ことから始まる 安全への作法

リスクが皆無の土地など存在しないのかもしれません。
重要なのは、その場所が抱える事情を飲み込んだ上で、どう振る舞うかです。

利便性を求めて湖のそばに住み、その代償として頑丈な家を建てるのか。あるいは、駅からの距離と引き換えに、高台の安心を手にするのか。
以前、草津の古い農家カフェで聞いた「水が出たら出たで、なんとかなるように作ってある」という店主の言葉。あれは諦めではなく、土地の性格を知り尽くした者だけが持つ、静かな覚悟だったのでしょう。

ハザードマップの色を、ただの危険信号として見るのではなく、その土地と長く付き合っていくための「取扱説明書」として読み替えてみる。
その理解の上に立ったとき、あなたの家づくりは、より強靭で、揺るぎないものになるはずです。

あわせて読みたい記事