彦根市で土地を探す際、ハザードマップに広がる色の濃淡を見て、「色の薄い場所なら安心だろう」と直感的に判断することがあるかもしれません。
あるいは、「川からも山からも距離があるから大丈夫」と、どこか遠い出来事のように感じることもあるでしょう。
その直感の裏側には、土地が抱える本質的なリスクが見過ごされている可能性があります。巨大な自然地形が暮らしを規定する大津や、開発の歴史が新たなリスクを生んだ草津とは異なり、彦根の災害リスクは、城下町を築くための「治水の歴史」そのものに深く刻まれているように感じます。
ここでは、地図上の色が「なぜそこに塗られているのか」を、彦根の都市形成の歴史と結びつけながら紐解いてみます。
土地の価格が手頃である理由が、時にこのマップの中に隠されています。そんな視点を持ちながら、安全な土地を見つけ出すための知識を探っていきましょう。
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この記事のポイント
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出典: 犬上ダム - panoramio by takasumir, licensed under CC BY-SA 3.0.
色が語るもの、その前に見るべき線
洪水ハザードマップを読み解く際、浸水の深さを示す「色」の情報に目が奪われがちですが、専門家が真っ先に確認するのは別の情報です。それが「家屋倒壊等氾濫想定区域」です。
これは、単に床上が浸水するというレベルを超え、氾濫流の物理的な破壊力で家屋が倒壊・流出したり、足元の地面ごとえぐり取られたりする危険性がある場所を示しています。
彦根市 ハザードマップ ↗では、赤色の斜線や紫色の塗りでこの区域が明示されており、主に犬上川の堤防に隣接する高宮町や日夏町の一部に見られます。
検討している土地がこの区域にかかっている場合、そこには慎重な判断が求められます。
周囲の相場よりも明らかに安価な土地には、こうした重大なリスクが潜んでいる可能性がある。その事実は、土地選びの初期段階で認識しておくべき重要なポイントです。
川と城が描いたリスクの輪郭
彦根における土地のリスクは、「川」「湖」「丘陵地」という3つの要素が複雑に絡み合っています。
それぞれの背景にある事情を、彦根の都市形成の歴史と共に見ていきます。
暴れ川と城下町の守り
彦根市が公表する洪水ハザードマップは、「1000年に一度」レベルの「想定しうる最大規模の降雨」という厳しい条件下でシミュレーションされています。
鈴鹿山脈を源流とする市内最大の河川、犬上川(いぬかみがわ)。山地から平野部へ一気に駆け下る急流で、古くからたびたび土砂災害や氾濫を繰り返してきた歴史があります。
平成2年の台風19号では橋が流されるほどの被害をもたらし、その後大規模な河川改修が行われましたが、その広大な流域面積がもたらす水量は依然として脅威です。特に河口に近い下流域の高宮町、大堀町、日夏町、開出今町などでは、シミュレーション上で浸水深が3.0m〜5.0mに達するエリアが広がっています。
もう一つ注目すべきは、彦根城の南側を流れる芹川(せりがわ)です。
外堀としての機能を担うべく、城下町の計画に合わせて流路が定められたこの川は、市街地の中心部を貫流しています。普段の穏やかな表情とは裏腹に、氾濫時には人口密集地に直接的な影響を及ぼす可能性があります。特にJRの線路が実質的な堤防の役割を果たしているため、線路の西側(琵琶湖側)にあたる松原町や長曽根町などの低地には、水が集まりやすい傾向があります。
彦根城の南を流れる芹川。市街地を貫流するため、氾濫時の影響範囲を把握しておく必要があります。
埋め立てられた内湖の記憶
近年の豪雨災害で注目されるようになったのが、排水能力を超えた雨水があふれ出す「内水氾濫」です。
河川からの越水がなくとも発生するこのリスクには、かつての琵琶湖の姿が関係しています。
JR彦根駅の西口から南側にかけてのエリアは、かつて「松原内湖」と呼ばれる水面が広がっていた場所でした。
干拓によって陸地となった今も、地形的に周囲よりわずかに低いという特性は残っています。そのため、大雨の際には水が自然と集まりやすい傾向があります。また、南彦根駅周辺やベルロード沿いといった都市化が進んだエリアも、地面がアスファルトで覆われているため雨水が浸透しにくく、内水リスクへの備えが必要とされています。
彦根駅西側エリア。かつての内湖の名残で地形が低く、内水氾濫のリスクが指摘されています。
山裾に潜む土砂の脅威
石田三成の居城があった佐和山や、磯山、鳥居本地区の山麓部では、土砂災害のリスクを直視する必要があります。
マップ上で特に警戒すべきは「レッドゾーン(土砂災害特別警戒区域)」です。
検討地がこの区域に含まれている場合、家づくりには大きな制約が課されます。
居室の外壁を鉄筋コンクリート造にするなど、強固な構造が求められるため、建築コストは大幅に上昇します。また、住宅ローンの審査においても慎重な判断がなされるケースがあります。古沢町、鳥居本町、安食中町などの山際に土地を求める際は、彦根市 急傾斜地の崩壊(滋賀県) ↗の一覧などを参考に、必ず「土砂災害特別警戒区域(レッドゾーン)」に指定されていないかを確認する必要があります。
佐和山周辺。山麓部では土砂災害への警戒が必要であり、区域指定の確認が必須です。
設計と制度で築く、防御の層
土地が持つ水の記憶を、なかったことにはできません。
けれど、そのリスクと賢く付き合うための「防御の層」を、意図的に築くことは可能です。
まず、家の建て方そのもので備えるという視点があります。
芹川に近い土地であれば、想定される浸水深を考慮して基礎の高さを上げる「高基礎」の設計が有効です。内水氾濫が懸念される場所でも、数十センチの差が床上浸水を防ぐ防波堤となり得ます。地盤の弱さが判明した場合には、適切な補強工事を行うことも、物理的な安全確保の基本となります。
次に、暮らしの足元を支える経済的な備えです。
火災保険における「水災補償」は、万が一の際の再建を支える重要な柱となります。また、滋賀県特有の気候として、冬の重い雪による被害も想定しておく必要があります。水と雪、双方への目配りが、この地域での安心には不可欠です。
そして、都市計画の意図を読み解くことも有効です。
彦根市立地適正化計画 ↗を見ると、彦根駅や南彦根駅の周辺が、居住を誘導すべき区域として指定されています。興味深いことに、この区域はハザードマップ上でも比較的リスクが低いエリアと重なる傾向があります。行政が示す長期的な街づくりの方向性は、安全な土地選びの一つの指針として機能するはずです。
芹川の記憶、そのほとりに暮らすということ
芹川の流れを整え、内湖を干拓し、城下町を水害から守り抜いてきた先人たちの営み。
彦根における土地のリスクとは、この治水の歴史そのものと言えるかもしれません。ハザードマップ上の色は、長い時間をかけて形成された自然の摂理と、それに対する人間の挑戦の記録を、現代の視点で可視化したものです。
リスクが皆無の場所を探し求めることだけが、正解とは限りません。
重要なのは、その土地が持つ「水の癖」を深く理解し、どこまでのリスクなら許容できるか、どこから先は技術や制度でカバーすべきかを見極めることです。
城下町の風情や日々の利便性といった魅力と、土地が本来持っている厳しさ。その両方を直視すること。
一枚の地図から土地の記憶を読み解く行為は、単なる安全確認の作業を超えて、この土地の記憶に連なるための準備のように感じられてきます。
家づくり全体の流れを確認する
この記事のテーマについて、理解が深まったかと思います。この知識を家づくり全体のどの段階で活かすべきか、一度立ち返って確認してみませんか?
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※ハザードマップ情報に関する注記:この記事で解説している内容は、執筆時点の公表資料に基づく一般的な傾向や可能性を述べたものです。ハザードマップや警戒区域の指定、建築に関する規制は、最新の知見に基づき更新されることがあります。
土地のご契約や建築計画に際しては、必ず彦根市の公式サイトで最新のハザードマップをご確認いただくとともに、防災危機管理課などの担当窓口や、建築士・地盤調査会社といった専門家にご相談の上、ご自身の責任において最終的な判断をお願いいたします。
(参照:彦根市 ハザードマップ、ハザードマップポータルサイト、彦根市都市計画マスタープラン、彦根市立地適正化計画、彦根市民防災マニュアル、彦根市 急傾斜地の崩壊(滋賀県) 等)