湖(うみ)と西の地勢

土地が持つ物語を読み解き、未来の資産を築く。滋賀の歴史と風土に学ぶ、住まいと土地の視点。

ハザードマップは保険の設計図:彦根の複合災害リスクに備える火災保険

彦根で土地を探し、ハザードマップ ↗を広げたとき、多くの人は「色のついた場所は避けよう」と考え、そこで思考を止めてしまいがちです。
しかし、その地図が語っているのは、単なる危険の有無だけではありません。

川に近い場所には川の、雪深い場所には雪の、それぞれの土地が持つ「性格」が色分けされています。
その性格を理解することは、万が一の時に生活をどう立て直すか、そのための資金をどう準備しておくかという、暮らしの予算を考えるための最初の手がかりになります。

犬上川や芹川がもたらす水のリスクと、伊吹山地から吹き降ろす雪のリスク。草津大津とは異なる、彦根特有の二つの自然とどう向き合うか。
火災保険という契約書は、実はこの街の自然に対する、私たちなりの「付き合い方」を決める書類でもあるのです。

この記事のポイント
  • 彦根の火災保険選びは、独特の地形が生む「水害」と「雪害」への資金配分が鍵を握る。
  • ハザードマップは土地の選別だけでなく、保険料を左右する水災補償の要不要を決める判断材料になる。
  • 川沿いの低地や山麓など、具体的な立地特性を見極める視点が、納得できる保険設計につながる。

山間部に建設されたコンクリートの治山ダム。芹川の治水の歴史を物語る。

出典: 芹川 治山ダム ↗ by Kingfiser ↗, licensed under CC BY-SA 4.0 ↗

彦根の空と川が描く、二つのリスク

彦根での暮らしを考えるとき、避けて通れないのが「水」と「雪」です。これらは季節ごとに美しい風景を見せてくれますが、時として牙を剥くこともあります。
まずは、公的なデータが示している「彦根の自然の癖」を掴んでおきましょう。

ハザードマップが語る浸水の可能性

市が公表している洪水浸水想定区域等の公表 ↗データを見ると、犬上川や芹川の流域において、想定最大規模の降雨時には広範囲で浸水が及ぶ可能性が示されています。
特に注意が必要なのは、単に水に浸かるだけでなく、建物を押し流してしまうような「家屋倒壊等氾濫想定区域」が、犬上川沿いの一部に含まれている点です。

火災保険の「水災補償」は、一般的に「床上浸水」または「地盤面から45cmを超える浸水」が支払い要件となりますが、家屋そのものが流されてしまうような事態では、保険による金銭的な補償だけでなく、命を守るための避難計画(彦根市民防災マニュアル ↗等での確認)が前提となります。

行政も警戒する大雪の影響

もうひとつ忘れてはならないのが、雪です。
彦根市は彦根市の大雪時の体制について ↗という指針を定め、積雪状況に応じて庁内に対策本部を設置する基準を設けています。これは、行政が「彦根の雪は市民生活を脅かすレベルになり得る」と認識している証左でもあります。

火災保険には「雪害補償」が含まれていることが一般的ですが、これは雪の重みで屋根やカーポートが壊れたり、雪崩に巻き込まれたりした場合を想定しています。
一方で、雪下ろしの費用や、解けた雪が屋根の隙間に入り込んで凍る「すが漏り」などは補償の対象外となることが多く、保険だけで全てをカバーするのは難しいのが実情です。

地図上の「色」を、暮らしの視点で読み解く

こうした全体的なリスクは、彦根市内のどこに住むかによって、その濃淡がはっきりと分かれます。
ハザードマップに色が塗られている場所、そうでない場所。それぞれのエリアで、具体的にどのようなリスクを想定し、どう備えるべきかを見ていきましょう。

河川沿いの低地と、旧河道の記憶

犬上川の下流域にあたる高宮町や日夏町、芹川下流域の松原町周辺。ハザードマップで浸水リスクを示す色が重なるこのエリアでは、やはり水への備えが最優先事項になります。
彦根の歴史を振り返ると、城下町を守るために川の流れを変えてきた経緯があり、古い地図と現在の地図を見比べると、かつての川の跡(旧河道)が住宅地になっている場所も見受けられます。

こうした土地では、地盤の高さや排水能力に不安が残ることもあります。建築時に基礎を高くする「高基礎」などの対策も有効ですが、コストがかさむ場合もあります。
万が一、水害で家が大きなダメージを受けたとき、生活を再建できるだけの資金を確保するためには、建物の評価額を「新価(建て直しに必要な金額)」で設定し、水災補償を厚くしておくことが、このエリアで暮らすための命綱となるでしょう。

犬上川下流域。ハザードマップでの浸水リスクを踏まえ、水災補償の優先度が高くなるエリアです。

市街地の「45cm」という境界線

一方、彦根駅西口から南側、あるいは南彦根駅周辺の市街地はどうでしょうか。
ここは都市化が進み、地面の多くがアスファルトで覆われています。河川の氾濫だけでなく、下水道の処理能力を超えた雨水があふれ出す「内水氾濫」にも注意が必要です。

ハザードマップ上での予測浸水深が浅くても、油断はできません。火災保険の水災補償は、一般的に「床上浸水」または「地盤面から45cmを超える浸水」が支払いの境界線となります。
かつて内湖であった場所の干拓地などでは、水はけの悪さが懸念されることもあります。「45cm」に満たない床下浸水でも、断熱材の交換や消毒には意外なほど費用がかかるもの。このエリアでは、彦根市立地適正化計画 ↗などで将来的な街づくりの方向性を確認しつつ、水災補償を外すかどうかの判断は慎重に行う必要があります。

南彦根駅周辺。都市型水害(内水氾濫)への備えも視野に入れたいエリアです。

山麓に積もる雪の記憶

少し視点を変えて、鳥居本や米原市との境界に近いエリアを見てみます。
ここは山間部に近く、市街地中心部とは雪の降り方が異なることがあります。彦根の古い町家を見ると、屋根の勾配が急なことに気づきますが、これは雪を速やかに落とすための先人の知恵でした。

現代的なデザインの家、特に勾配の緩い屋根やフラットルーフを選ぶ場合、雪の重みが建物にかける負担は大きくなります。カーポートの倒壊や雨樋の破損といった雪害リスクに対して、保険の免責金額(自己負担額)をどう設定するか。
水のリスクが比較的低い高台であっても、ここでは雪への備えが保険設計の中心になってくるでしょう。

鳥居本駅周辺。山間部に近く、雪害への警戒度を一段階上げる必要があるエリアです。

その場所で、何を「守り」何を「手放す」か

このように、彦根の中でも場所によって警戒すべきリスクの色合いは異なります。では、具体的にどのように保険を選べばよいのでしょうか。

安心を優先するフルカバー

ハザードマップで色が塗られているエリアや、河川の近くに住む場合は、水災と雪害の両方を手厚くカバーする選択が現実的です。
保険料は高くなりますが、近年の気象災害の激しさを考えれば、これを「必要経費」と割り切る考え方も大切です。特に長期契約を結ぶことで、将来の保険料値上げリスクを避けるという方法は、長い目で見れば家計の安定につながります。

メリハリをつけた選択

一方、高台や浸水リスクの低いエリアであれば、思い切って水災補償を外す、あるいは自己負担額を高めに設定して保険料を抑えるという選択肢も生まれます。
そうして浮いた予算を、例えば伊吹おろしに強い断熱性能の高い窓や、雪に強いカーポートの設置に回す。それは、保険という「事後の守り」から、住宅性能による「事前の守り」へ、予算を振り替えるという戦略的な判断です。
ただし、彦根において雪害補償を削ることはリスクが高いため、慎重な検討が必要です。

川沿いの赤い文字が語るもの

彦根の川沿いを歩いていると、時折、古びた建物に「水防倉庫」と書かれた赤い文字を見かけることがあります。
その扉の奥には、土嚢やスコップがひっそりと納められ、かつてこの地の人々が総出で川と対峙し、自分たちの暮らしを守ってきた記憶を今に伝えています。

現代の私たちは、土嚢を積む代わりに、保険という金融の仕組みでリスクに備えます。
手法は変わりましたが、厳しい自然と共存し、大切な我が家を守ろうとする意志の形は、昔も今も変わりません。

ハザードマップの色彩や保険証券の数字の向こう側に、かつて水を防ぎ、雪をかいた人々の息遣いを感じてみる。
そうすることで、自分たちの新しい暮らしを守るために支払うべきコストの意味が、より鮮明に、そして確かな重みを持って見えてくる気がします。

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※火災保険に関する注記:この記事で解説している内容は、火災保険に関する一般的な情報提供を目的としたものです。実際の保険料、補償内容、支払い条件等は、保険会社、商品、契約時期、またご自身の個別の状況によって大きく異なります。
火災保険のご契約にあたっては、必ず保険代理店やファイナンシャルプランナー等の専門家にご相談の上、商品内容や約款を十分にご理解いただき、ご自身の判断と責任において最終的な決定をお願いいたします。

(参照:彦根市 ハザードマップ 彦根市 洪水浸水想定区域等の公表 彦根市立地適正化計画 彦根市の大雪時の体制について 彦根市民防災マニュアル 損害保険料率算出機構 等)