湖(うみ)と西の地勢

土地が持つ物語を読み解き、未来の資産を築く。滋賀の歴史と風土に学ぶ、住まいと土地の視点。

自然こそが最高の学び舎:高島市の学区選びと「体験格差」を考える

草津や大津の駅前では、夕暮れ時になると塾の鞄を背負った子どもたちの列ができます。分刻みで管理されたスケジュールの中で、彼らは効率的に正解へたどり着くトレーニングを積んでいる。
それは、都市で生きるために必要なスキルなのかもしれません。

湖西線を北へ進み、高島市に入ると、時間の質が変わります。安曇川の西万木(にしゆるぎ)周辺では、下校中の小学生が田んぼのあぜ道で立ち止まり、何かを覗き込んでいる。
あるいはマキノの知内(ちない)で、雪の日に自分の背丈ほどもある雪山を乗り越えて家路につく姿が見られます。

田舎には何もないと言われますが、教育の視点で見れば、都市部がお金を払ってでも手に入れようとする本物の体験が、ここには無造作に転がっています。
偏差値や進学実績といった物差しを一度脇に置き、人間として根を張るために必要な土壌とは何か。高島の学区選びは、親自身の価値観を問い直すことになります。

この記事のポイント
  • 都市部で広がる体験格差に対し、高島では自然の中での原体験が日常的に保障される価値がある。
  • マキノの学校統合、安曇川の地域資源、高島学園の小中一貫など、エリアごとの教育ビジョンを理解して選ぶ必要がある。
  • 通学距離や雪といった物理的な不便さを、子どもの自律心やたくましさを育むカリキュラムとして捉え直す視点が重要。

高島市立今津図書館。木材をふんだんに使った温かみのある空間が、読書への意欲を育む。

出典: Takashima City Imazu Library ac  by Asturio Cantabrio , licensed under CC BY-SA 4.0 .

体験格差を埋める舞台装置としての高島

教育社会学の分野で、体験格差という言葉が重く響いています。
公益社団法人チャンス・フォー・チルドレンの子どもの「体験格差」実態調査 ↗が浮き彫りにしたのは、世帯収入の違いが学校外での習い事や自然体験の量に直結し、それが子どもの意欲や自己肯定感にまで影を落とすという事実でした。

都市部において、自然と触れ合う体験は、高額な対価を払って手に入れる商品となりつつあるのかもしれません。
高島市はどうでしょうか。ここでは、その貴重な体験が商品としてパッケージされる以前の姿で、日常の風景の中に無尽蔵に存在しています。

理科教育学の研究論文『理科学習の基盤としての原体験の教育的意義』 ↗が示唆するように、幼少期に自然の事物に直接触れ、五感を使って遊んだ原体験は、将来的な科学的概念の理解や探究心を支える強固な土台となります。

高島市海津から望む琵琶湖。豊かな水辺環境が、子どもたちの遊びと学びの場となる。

出典: 琵琶湖 海津から3 Lake Biwa - panoramio  by baggio4ever , licensed under CC BY 3.0 .

琵琶湖で魚を追い、森で虫を探す時間。それはフランスの社会学者ブルデューが提唱した概念を借りれば、都市部が得意とする学歴や資格といった制度化された文化資本に対し、振る舞いや感性、自然に対する勘といった身体に刻み込まれる身体化された文化資本の蓄積と言えるでしょう。
経済力に左右されず、豊かな自然環境そのものが教育装置として機能する。高島での暮らしは、現代社会の体験格差に対する、ひとつの静かで力強い回答になり得ます。

こうした身体化された文化資本を育むフィールドとして、まず注目したいのが北部のマキノ・今津エリアです。圧倒的な自然環境と、そこで進められている新しい学校の形を見てみましょう。

マキノ・今津(北部) 圧倒的な自然と対峙する学び

マキノ東小学校周辺。メタセコイア並木などの自然資源が通学路の背景となるエリアです。

市の北部に位置するマキノ町今津町は、メタセコイア並木やスキー場が身近にある、リゾート地のような環境です。しかし、住む人にとっては、ここは自然と対峙する場所でもあります。

令和10年の統合を見据えた新しい学校像

現在、マキノ地域では令和10年(2028年)を目処に、マキノ東・西・南の3つの小学校を統合し、新しい「(仮称)マキノ小学校」を開校する計画が進められています(参照:高島市学校施設長寿命化計画 ↗)。
これは単なる統廃合ではありません。ICT環境の整備や、多様な交流スペースを持つ現代的な校舎への更新など、ハード面の刷新が期待されています。

小規模校の良さである顔の見える関係を維持しつつ、一定の集団規模を確保することで、多様な人間関係の中で揉まれる経験も担保しようという狙いが見て取れます。
統合に伴い、スクールバス網も再編されるでしょう。それは遠くなるというデメリットだけではなく、安全な通学手段が行政によって確保されるというメリットでもあります。この変化の過渡期に立ち会うことは、新しい地域の中心地が形成されていくプロセスを目の当たりにすることでもあります。

自然という身体化された文化資本

第2期高島市教育大綱 ↗で掲げられる、豊かな自然や文化遺産を生かした特色ある教育活動。マキノ・今津において、それは文字通りの意味を持ちます。
特に冬の豪雪は、子どもたちにとって避けては通れない試練です。雪かきを手伝い、寒さに耐えながら登校する。その経験は、教科書では学べない忍耐力や自然への畏敬を、身体感覚として刻み込みます。このたくましさこそが、将来どのような環境に置かれても生き抜く力、すなわち身体化された文化資本となるのです。

安曇川・新旭(中部) 都市機能と地域資源の融合

安曇川中学校周辺。商業施設や公共施設が集積し、市内でも生活利便性が高いエリアです。

自然の厳しさと共存する北部エリアに対し、市の中心部である安曇川町新旭町は、大型スーパーや病院が集まり、生活利便性が高い地域です。しかし、教育の視点で見ると、ここは単なる便利な街以上の意味を持っています。

「カバタ」と「藤樹先生」が教える、座学ではない道徳と環境

このエリアの教育を語る上で欠かせないのが、地域固有の歴史的・文化的資源です。
新旭町針江地区に残る「カバタ(川端)」は、湧き水を生活用水として利用し、汚さずに下流へ流すという、世界でも稀有な水循環システムです。子どもたちは、このシステムを通じて環境共生を理屈ではなく、生活の知恵として学びます。

安曇川町出身の陽明学者、中江藤樹の像。彼の教えは地域の教育に深く根付いている。

出典: Nakae Toju statue ↗ by 運動会プロテインパワー ↗, licensed under CC BY-SA 4.0 ↗.

また、安曇川町は「近江聖人」と称される江戸時代初期の陽明学者、中江藤樹の生誕地です。彼の説いた「良知(人が本来持っている良心)」の教えは、高島市教育大綱でも触れられているように、郷土の偉人として学習の対象となっています。
これらを学ぶ「高島学」とも呼べる独自カリキュラムは、子どもたちに自分たちは何者かというアイデンティティを問いかけるきっかけになります。グローバル化が進む今だからこそ、足元のローカルな文化を深く理解していることは、世界と対峙する際の揺るがない軸(文化資本)となるはずです。

集団の中で揉まれる社会性の獲得

滋賀県公式 学校数、学級数、園児・児童・生徒数、本務教員数 ↗の統計を確認すると、安曇川中学校などは市内でも最大規模の生徒数を有しています。
この一定の規模があるという事実は、部活動やスポーツ少年団などの集団活動が成立しやすい環境であることを示唆しています。
教育大綱においてもスポーツ団体への支援が明記されており、ある程度競い合う経験や、多様な友人関係の中で社会性を育む機会を得たいと考える家庭にとっては、バランスの取れた現実的な選択肢となります。

朽木・高島(山間・南部) 小中一貫と里山の先駆性

朽木中学校周辺。山間に位置し、地域と学校の距離が近い環境です。

地域資源に根ざした中部エリアとは異なり、大津市に近い高島地域(勝野拝戸など)と、山間に位置する朽木地域(市場野尻など)は、学校と地域の距離という点で際立った特徴を持っています。対照的な二つのエリアですが、教育の仕組みにおいては共通するテーマを持っています。

施設隣接型「高島学園」に見る、9年間の学びの連続性

南部エリアで注目すべきは、高島中学校区で実施されている施設隣接型の小中一貫教育、通称「高島学園」の取り組みです。
小学校と中学校の校舎が隣り合い、教職員が連携して9年間の一貫したカリキュラムを展開する。このシステムは、いわゆる中1ギャップを解消するだけでなく、異学年交流を通じて社会性を育む場としても機能しています。

小中一貫教育の方針 ↗に基づき、特に英語教育やキャリア教育において、発達段階に応じたきめ細やかな指導が行われている点は、大津市に近いベッドタウンとしての利便性と、先進的な公教育環境の両立を求める層にとって、大きな魅力となるでしょう。

朽木における地域ぐるみの見守り

一方、朽木エリアはへき地教育の現場ですが、それをネガティブに捉える必要はありません。
教育社会学会の『社会関係資本と学力』 ↗に関する研究でも、地域コミュニティ(ゲマインシャフト)との結びつきが強い環境は、子どもの情緒的安定や学習意欲にポジティブな影響を与える可能性が示唆されています。
極小規模校ならではの、先生と生徒、そして地域住民との距離の近さは圧倒的です。地域のおじいちゃん、おばあちゃんが総出で子どもを見守り、育てる。そんな古き良き日本の教育原風景の中で、子どもたちは自分は見守られているという深い安心感を持って育つことができます。

不便さというカリキュラム

教育環境としての魅力がある一方で、高島での学校生活を考える上では「通学の距離」と「雪」という現実的な課題とも向き合う必要があります。
都市部のように、徒歩数分で学校に着くという環境は、ここでは稀かもしれません。

高島市立学校の通学区域に関する規則 ↗に基づき、遠距離通学となる地域にはスクールバスが運行されていますが、バスの時間に合わせて行動する規律が求められます。
また、冬の積雪時には、バスが遅れることもあれば、親が車で送迎しなければならない日もあるでしょう。

これは親にとっても子どもにとっても負担ですが、見方を変えれば、これも一つのカリキュラムとして機能しているとも言えます。
自分の足で歩く、バスを待つ、雪道を慎重に進む。便利すぎる都市生活では失われた、身体感覚を伴う移動の経験は、子どもの自律心や危険予知能力を養います。
不便だからこそ、工夫する。そのたくましさは、偏差値では測れない、生きる力の根幹になるはずです。

偏差値の外側にある生きる力を選ぶ決断

高島で土地を選び、家を建てる。それは、都市部の競争原理から一歩距離を置き、別の価値観で子どもを育てるという、親としての決断でもあります。

塾の数や進学実績を競うレースから降りることに、不安を感じるかもしれません。
しかし、AIが発達し、社会が激変していくこれからの時代に本当に必要なのは、知識の量ではなく、変化に対応できる柔軟性や、答えのない問いに向き合う感性ではないでしょうか。

琵琶湖の夕焼けの美しさに足を止め、雪の重さを肌で知り、地域の人々と挨拶を交わす。
そんな高島での日々が、子どもの心にどのような根を張らせるのか。
その未来の姿を想像できたとき、不便なはずのこの土地が、かけがえのない学び舎に見えてくるはずです。

※学校・教育環境に関する注記:この記事で言及している各学校やエリアの特性は、公表されている資料や一般的な傾向を基にした筆者の分析です。個別の学校の教育内容を保証するものではなく、児童・生徒数や教育方針は年度によって変動します。
土地のご契約や学校選択に際しては、必ず高島市教育委員会の公式サイトをご確認いただくとともに、学校見学や地域の方へのヒアリングなどを通じて、ご自身の責任において最終的な判断をお願いいたします。

(参照:第2期高島市教育大綱高島市学校施設長寿命化計画滋賀県公式 学校数、学級数、園児・児童・生徒数、本務教員数子どもの「体験格差」実態調査理科学習の基盤としての原体験の教育的意義社会関係資本と学力高島市立学校の通学区域に関する規則小中一貫教育の方針 等)