京都駅から新快速に乗り込み、山科のトンネルを抜けると、車窓の景色は一変します。
密集した住宅地はなりを潜め、眼下には琵琶湖の水平線が,背後には迫りくる山並みが広がる。列車が北へ進むにつれ、その緑は深さを増し、空気の密度が変わっていくのを感じるはずです。
高島市。滋賀県の北西部に位置し、県土の広い面積を占めるこの地は、都市的な効率性を追求する草津や、歴史の重層性を持つ大津とは、明らかに異なる時間の流れの中にあります。
「週末は土に触れて過ごしたい」「満員電車から解放されたい」。そんな願いを持つ人々にとって、ここは理想郷に見えるかもしれません。
しかし、高島での土地探しは、単に眺めの良い場所を選ぶことではありません。
都市計画法の網が緩やかなエリアで自律的にインフラを整える覚悟、そして日本海側気候特有の「時雨(しぐれ)」や豪雪と対峙する覚悟が問われる、ある種のアドベンチャーでもあります。
憧れの田舎暮らしというベールの向こう側にある、法的な制約と厳しい風土。
それらを正しく理解した先にこそ、都市の利便性に委ねてきた生活を、一つひとつ自分の判断に戻していくという、高島ならではの暮らし方が見えてきます。
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この記事のポイント
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- 4つのエリア特性とアメニティ分析
- 北部(マキノ・今津):アメニティ移住のフロンティア#豪雪地帯
- 中部(新旭・安曇川):都市機能と田園のバランス#都市拠点
- 南部(高島):大津・京都へのアクセスと歴史#職住近接
- 山間部(朽木):インフラからの自律と創造#田園回帰
- 法規制とインフラの構造的課題
- 都市計画区域の緩さと自己責任の原則#非線引き区域
- 農地転用と自然公園法による二重の壁#土地利用規制
- 「水」と「熱」の確保と維持コスト#生活インフラ
- 風土への適応と生活の再定義
- 気候という「他者」と向き合う建築思想#日本海側気候
- 「消費者」から「生産者」へ:関係人口の深化#アメニティ移住

出典: Metasequoia Road in Makino, Takashima - Oct 17, 2020 by coniferconifer, licensed under CC BY 2.0.
グラデーションを描く4つのエリア特性
高島市は琵琶湖の西岸に南北に長く広がっており、エリアによって気候も生活環境も大きく異なります。
ひとくくりに「高島」と捉えるのではなく、自身のライフスタイル(完全移住か、二拠点か、通勤か)に合わせて、最適なゾーンを見極める必要があります。
北部(マキノ・今津):アメニティ移住のフロンティア
市の北端に位置するマキノ町と今津町は、メタセコイア並木やスキー場、湖水浴場など、豊かな自然と観光資源に恵まれたエリアです。
近年、こうした良好な自然環境や景観(アメニティ)を求めて都市部から移住を選択する動きは、地理学において「アメニティ移住」という概念で注目されています。
鈴木修斗氏による研究(軽井沢町およびその周辺の新興別荘地区における現役世代のアメニティ移住 ↗)などが示唆するように、現代のアメニティ移住は、交通インフラの発達やテレワークの普及によって、現役世代のライフスタイルを支える新たな選択肢となっています。
高島北部においても、JR湖西線の新快速による京都・大阪圏へのアクセス性は、この「自然享受と仕事の両立」を可能にする大きなポテンシャルと言えます。
ただし、研究の舞台となった避暑地などとは異なり、マキノや今津の北部には「豪雪地帯」という固有の厳しさがあります。冬場には1メートルを超える積雪も珍しくありません。
都市的な快適さを前提とした移住を成功させるには、景観の美しさだけでなく、雪下ろしや冬場の管理といった、この土地ならではの物理的な備えを、設計思想の根幹に据える必要があります。
マキノエリアの象徴であるメタセコイア並木周辺。豊かな自然環境と豪雪地帯の特徴を併せ持ちます。
中部(新旭・安曇川):都市機能と田園のバランス
市の中央に位置する新旭町と安曇川町は、高島市における生活と行政のハブです。
高島市都市計画マスタープラン ↗においても、このエリアは商業・医療・行政機能が集積する「都市拠点」として位置づけられています。
JR安曇川駅周辺には平和堂などの大型スーパーやホームセンター、総合病院が集積しており、日常生活を送る上で不便を感じることは少ないでしょう。
ここは「程よい田舎暮らし」を実現できるバランスの良いエリアです。広い土地を手に入れ、家庭菜園を楽しみながらも、都市的なインフラの恩恵を受けられる。子育て世代の移住者にとっても、学校や医療機関へのアクセスが良いこのエリアは、現実的な選択肢となります。
安曇川駅周辺。大型スーパーや道の駅が集まり、生活の利便性が高いエリアです。
南部(高島):大津・京都へのアクセスと歴史
大津市に隣接する高島町エリアは、白鬚神社や大溝城跡などの歴史遺産が点在する地域です。
JR湖西線を利用すれば京都まで快速で40分程度と通勤圏内であり、大津市北部のベッドタウンとしての性格も帯びています。
湖岸沿いには別荘地も点在していますが、国道161号線(湖西道路)の渋滞の影響を受けやすい点には注意が必要です。特に週末や観光シーズンは、生活道路への出入りにストレスを感じる場面があるかもしれません。
白鬚神社周辺。湖中の鳥居で知られ、大津市との境界に近い南部エリアのランドマークです。
山間部(朽木):インフラからの自律と創造
安曇川の上流に位置する朽木(くつき)エリアは、かつての「鯖街道」の宿場町としての歴史を刻む、深い山々に囲まれた地域です。
ここでは古民家を再生し、薪ストーブや狩猟を暮らしに取り入れるなど、より能動的に自然と関わる「里山暮らし」が選ばれています。
近年の「田園回帰」と呼ばれる動きのなかで、空き家という資源が移住者と地域にどのような変化をもたらすかについては、建築・計画学の分野でも重要なテーマとなっています。
例えば、阿部良氏らによる研究(田園回帰現象における空き家の実態と移住者増加との関係 ↗)が指摘するように、住まいを自ら手入れし、活用していくプロセスは、移住者自身の自己実現の場となると同時に、地域社会との新たな接点を生み出すきっかけにもなり得ます。
朽木での暮らしもまた、こうした「家づくりを通じた地域への参加」が醍醐味となるフィールドです。一方で、当地は都市計画区域外や土砂災害警戒区域が多く、個別浄化槽やプロパンガスの利用といった、都市部とは異なるインフラへの理解が不可欠です。
便利さを手放す手間を「豊かさ」として楽しめるかどうかが、この奥深い里山での暮らしを成功させる鍵となるでしょう。
朽木市場周辺。山間に位置し、鯖街道の歴史と里山の暮らしが息づくエリアです。
「自由」の裏にある法とインフラの正体
高島市で土地を探す際、都市部の感覚でいると見落としてしまうのが「法律」と「インフラ」の問題です。
「広い土地が安い!」と飛びつく前に、その土地が抱える制約を確認しなければなりません。
都市計画区域の緩さと自己責任
高島市には、都市計画法上の「線引き」が行われていない「非線引き区域」や、そもそも都市計画区域外である場所が多く存在します。
これは建築の自由度が高い(建ぺい率や容積率が緩い)というメリットがある反面、行政によるインフラ整備が義務付けられていないことを意味します。
『移住に関するQ&A – 高島で暮らそう。 ↗』では、道路は除雪されるものの「家の敷地内から道路までの間は、自分で除雪しなければなりません」と明記されています。
敷地が広かったり、道路までの距離が長い物件を選ぶ際は、この「雪かきの労働コスト」を覚悟する必要があります。「家は建てられるが、生活環境の維持は自分で汗をかく」。そうした自己責任が求められるエリアであることを理解しておく必要があります。
農地と景観の二重の壁
気に入った土地が「田」や「畑」であった場合、家を建てるためには「農地転用許可」が必要です。
しかし、農業振興地域に指定されている場合、転用は原則として認められません。「風景が良いから」といって、どこにでも家を建てられるわけではないのです。
また、琵琶湖岸や山麓部は「琵琶湖国定公園」の特別地域や普通地域に指定されている場合があります。
ここでは自然公園法に基づき、建物の色や高さ、屋根の形状、さらには看板の設置や樹木の伐採に至るまで、景観を守るための厳しい規制がかかります。
こだわりの別荘を建てようとしたら、屋根の色を指定された、というケースも珍しくありません。
「水」と「熱」の確保
また、インフラに関しても確認が必要です。『移住に関するQ&A』では「高島は都市ガスではなくプロパンガスですので若干割高」との記載があります。
都市部と比較して冬場の光熱費が高くなる傾向があるため、薪ストーブやペレットストーブの導入、あるいは高断熱化による省エネ対策は、情緒だけでなく経済的な防衛策としても有効です。
下水道についても、高島市都市計画マスタープラン ↗によれば公共下水道や農業集落排水が整備されているエリアがある一方、それ以外のエリアでは合併処理浄化槽の設置が必要になるケースがあります。土地ごとのインフラ状況は、契約前の必須確認事項です。
気候という「他者」と暮らす
高島の冬は、しんしんと降り積もる雪の静けさがあり、水墨画のような美しい風景を見せてくれますが、同時に生活者には容赦のない物理的な厳しさを突きつけます。
日本海側気候の影響を受けるこの地では、「時雨(しぐれ)」と呼ばれる、降ったり止んだりを繰り返す冷たい雨や雪が日常です。
洗濯物は冬の間、外には干せないと考えておいた方が良いでしょう。
サンルームやランドリールームの設置、ガス衣類乾燥機の導入など、建築計画の段階で「室内で乾かす」仕組みを整えておくことが、日々のストレスを減らす鍵となります。

出典: Snowy road Sosonka 2013 G1 by George Chernilevsky, Public Domain.
また、湿気が多いため、外壁のコケやカビが発生しやすい環境でもあります。
白い塗り壁やサイディングを選ぶ際は、防汚機能のある素材を選ぶか、軒を深く出して雨が壁にかからないようにする工夫が必要です。
「消費者」から「生産者」へ
薪を割り、雪をかき、自らの手で暮らしを整える。高島での日々は、便利な都市生活では失われた「生活をつつく手応え」に満ちています。
もし、いきなり完全な移住をすることに不安があるなら、まずは週末だけの「通い暮らし」から始めてみてはいかがでしょうか。
近年、国や自治体も推進している「関係人口」という考え方は、単なる観光客以上・定住人口未満の、地域と深く関わる人々を指します。消費するだけの関係から、その土地の営みに自ら参加する存在へと少しずつステップを移していくプロセスは、自分らしいライフスタイルを見つける有効な手段として定着しつつあります。
学術的な視点でも、観光経験から地域への深い関与へと意識が変わるメカニズムが研究されています。
例えば、田原洋樹氏・敷田麻実氏らによる研究(交流人口から関係人口への変容可能性の検討 ↗)では、その土地で「自分なりの役割」や「表現の場」を持つことが、場所への帰属意識を育む大きな鍵になると分析されています。
別記事の【なぜ長浜の地価は変動するのか?】 ↗では、長浜の事例を「歴史ある街並みへの関与」として捉えましたが、ここ高島での入り口は「豊かな自然の中での役割」です。
週末の畑仕事や、冬の雪かきといった、その土地ならではの「出番」を積み重ねる時間が、いつしかこの場所を「第二の故郷」へと変えていくはずです。
不便さをコスト(負担)ではなく、自ら動く「豊かさ」として楽しめるか。 その答えを見つけるために、まずは冬の高島へ、その張り詰めた空気と力強い自然を肌で感じに出かけてみてください。
住宅計画全体の流れを確認する
この記事のテーマについて、理解が深まったかと思います。この知識を住宅計画全体のどの段階で活かすべきか、一度立ち返って確認してみませんか?
土地探しから資金計画まで、住宅計画の全工程を網羅したまとめページをご用意しています。
あわせて読みたい記事
※法規制・インフラに関する注記:この記事で解説している都市計画区域や農地転用、自然公園法などの規制は、一般的な概要です。実際の土地における建築の可否や規制内容は、個別の地番ごとに異なります。
土地のご契約や建築計画に際しては、必ず高島市役所の都市計画課や農業委員会、滋賀県の担当窓口等で最新の法令・規制情報をご確認の上、ご自身の責任において最終的な判断をお願いいたします。
(参照:高島市都市計画マスタープラン、高島市 歴史、移住に関するQ&A – 高島で暮らそう。、空き家紹介システムのご案内、ハザードマップポータルサイト、軽井沢町およびその周辺の新興別荘地区における現役世代のアメニティ移住、田園回帰現象における空き家の実態と移住者増加との関係、交流人口から関係人口への変容可能性の検討 等)