湖(うみ)と西の地勢

土地が持つ物語を読み解き、未来の資産を築く。滋賀の歴史と風土に学ぶ、住まいと土地の視点。

なぜ高島市の地価は二極化するのか?別荘地と定住地、二つの価値基準

湖西線の新快速が長いトンネルを抜け、車窓に琵琶湖の水平線と広大な空が広がった瞬間、時間の流れが変わったように感じることがあります。
京都から約40分。高島市に降り立つと、そこにあるのは都市的な「便利さ」を競う空気ではなく、圧倒的な自然の質量です。

この街で土地を探すとき、多くの人が戸惑うのは、ここでの不動産価値が、大津や草津とは全く異なる「二つの基準」で動いているからかもしれません。
駅からの距離や利便性で測られる「生活のための土地」と、眺望や静寂という環境の質で測られる「余暇のための土地」。

定住か、別荘か、あるいはその間を行き来する二拠点生活か。
単なる地価の安い・高いだけでは読み解けない、高島市特有の不動産市場の構造を、データと都市計画の視点から紐解いてみます。

この記事のポイント
  • 高島の地価は、「生活の実需(安曇川・新旭)」と「余暇の需要(マキノ・今津)」という、全く異なる二つの市場原理で動いている。
  • 都市部ではマイナス評価となる「駅から遠い不便さ」が、ここでは「静寂・眺望」という資産価値に反転するケースがある。
  • 「関係人口」の増加が空き家バンク等の流動性を高めており、観光地としてのブランド力が将来の不動産価値を下支えする鍵となる。

高島市拝戸にある水尾神社の社殿。静謐な空気が漂う。

出典: Mio-jinja (Takashima) shaden by Saigen Jiro, Public Domain (CC0 1.0).

数字が語る「二つの顔」を持つ市場

高島市の地価データを眺めていると、興味深い傾向が見えてきます。
全体としては緩やかな下落、あるいは横ばい傾向にありますが、その中身を詳しく見ると、エリアによって価格を形成している要因が全く異なっているのです。

定住と別荘の二極構造

一つは、安曇川や新旭を中心とした「定住型」の市場です。ここは通勤や通学、買い物の利便性が価格の主な決定要因となり、大津や草津のベッドタウンとしての性格を帯びています。
もう一つは、マキノや今津の湖岸・山麓に広がる「別荘・リゾート型」の市場です。ここでは駅からの距離よりも、窓から琵琶湖が見えるか、周りに森があるかといった「環境アメニティ」が価値を決定づけます。

経済学に「ヘドニック・アプローチ」という手法があります。土地の価格を、交通利便性や面積、環境の質といった構成要素に分解して分析する方法ですが、高島市の場合、エリアによって「何がプラス評価されるか」の係数が逆転する現象が起きていると言えます。
都市部ではマイナス要因となる「駅から遠い森の中」が、ここでは「静寂」という価値として高く評価される。この逆転現象こそが、高島の不動産市場を読み解く鍵です。

「生活」を買う安曇川・新旭エリア

定住を目的とするなら、まず検討すべきは市の中心部である安曇川・新旭エリアです。
滋賀県地価調査 ↗を見ても、このエリアの住宅地は市内でも比較的底堅い推移を見せています。

利便性とコストの合理的なバランス

例えば、安曇川町の駅周辺エリアでは2万円台/㎡前半、新旭町の住宅地では1万円台/㎡前半から半ばの水準で推移しています。
特に新旭エリアの下落幅が小さいのは、市役所や商業施設が近く、生活基盤が安定していることの表れでしょう。

平和堂などの大型商業施設が集積し、新快速が停車する安曇川駅周辺は、生活利便性が高く、大津や京都への通勤も十分に可能です。
ここでの土地選びは、非常に合理的です。都市部と比較して圧倒的に抑えられた土地価格で、広い敷地とゆとりある住環境を手に入れることができる。浮いた予算を建物の性能(断熱など)や趣味のスペースに回すことで、生活の質(QOL)を大きく向上させることができます

行政が守る「居住誘導」の意志

高島市都市計画マスタープラン ↗を読み解くと、「各地域内に点在する低・未利用地の整備、有効活用を前提として」という記述と共に、中心市街地への機能集約を目指す「拠点連携型都市構造」の構想が見て取れます。
特に安曇川や新旭の駅周辺は、都市機能が集まる拠点として位置づけられています。

これは、将来にわたって行政が道路や下水道、公共施設といったインフラを優先的に維持・整備していくという意思表示です。人口減少社会において、インフラが維持されるエリアに住むことは、資産価値を守るための最も堅実な防衛策と言えるでしょう。

商業施設や行政機能が集まる安曇川駅周辺。定住に向けたインフラが整ったエリアです。

「時間」を買うマキノ・今津エリア

一方、さらに北のマキノや今津エリアでは、土地選びの基準がガラリと変わります。
ここでは、日常の利便性よりも、窓から見える景色や、週末に過ごす時間の質が、不動産の価値を決定づけます。

不便益という価値転換

地価データを見ると、マキノ町の湖岸エリアは1万円台前半/㎡で推移しています。
一見すると控えめな数字に見えますが、ここで注目すべきは、他のエリアとの「比較」です。

地価調査データ ↗を詳しく分析すると、駅から離れたマキノの湖岸エリアが、生活利便性の高い新旭駅周辺の住宅地と同等、あるいは地点によってはそれ以上の価格水準を維持しているケースが見受けられます。
通常、駅からの距離は地価を下げる要因となりますが、ここではそのセオリーが通用しない逆転現象が起きているのです。

この事実は、駅から遠くても「琵琶湖の目の前」という希少性には、確固たる需要があることを証明しています。
都市の論理では「不便」とされる要素が、ここでは「静寂」や「絶景」という資産価値として機能し、相場を力強く下支えしています。

変動する需要のリスクと法的制約

ただし、このエリアには特有のリスクもあります。
都市計画マスタープラン ↗でも示されている通り、自然公園法や保安林による建築制限がかかる場所が多く存在します。「景色が良いから」と安易に土地を買っても、思い通りの家が建てられない、あるいは再建築ができないといった法的リスクが潜んでいることがあります。

また、別荘地需要は景気の波に左右されやすい側面があります。資産としての安定性よりも、「そこで過ごす時間の豊かさ」という使用価値(インカムゲイン的な発想)を重視する姿勢が求められます。

マキノ駅周辺。湖岸エリアと山麓エリアで、不動産の価値基準が大きく異なる地域です。

観光客が住人に変わるとき

高島市の不動産市場に、近年新しい風が吹いています。
それは「関係人口」と呼ばれる、観光以上・定住未満の人々の存在です。

静的な関与から所有へ

観光客で賑わう長浜市の黒壁スクエア周辺

出典: Studio kurokabe02s3200 by 663highland, licensed under CC BY-SA 3.0.

隣接する長浜市では、黒壁スクエアのような観光地の賑わいがブランド価値を高めるという「動的」な構造が見られますが、高島市の場合はもう少し「静的」で「内省的」なプロセスで価値が生まれています。

キャンプやスキーで何度も訪れるうちに、高島の静けさや自然の奥深さに魅了され、「ここに自分だけの拠点を持ちたい」と考えるようになる。
たかしま観光ビジョン ↗観光研究の論文 ↗でも指摘されているように、この「ファンからオーナーへ」という意識の変容が、空き家バンクの活用や古民家リノベーションの需要を押し上げています。

実際に、高島市空き家紹介システム ↗の登録物件は一定の動きを見せており、特に眺望の良い物件や趣のある古民家は、県外からの問い合わせが多いといいます。
この「静かな熱量」を持った外部からの流入圧力が、高島の不動産価値を下支えする重要な要因となりつつあるのです。

10年後の「豊かさ」の計算式

琵琶湖には「全層循環(深呼吸)」と呼ばれる現象があります。
冬、表層の水が冷やされて重くなり、湖底へと沈み込むことで、酸素をたっぷり含んだ水が底まで届く。この厳しい冬の冷え込みこそが、湖の生命を浄化し、育んでいるのです。

高島の暮らしも、これに似ているかもしれません。
便利さとは対極にある不便さや、冬の厳しさ。それらが日常の淀みを洗い流し、暮らしの本質を純化してくれる。

トンネルを抜けた時に感じたあの「時間の変化」は、そんな自然のリズムに、自分たちの呼吸を合わせる準備の合図だったのかもしれません。

都市部のように、買った土地が10年後に値上がりしていることは期待しにくいかもしれません。
しかし、週末ごとに家族と薪を割り、庭で採れた野菜を食べ、静かな夜を過ごす。その時間の積み重ねは、お金に換算できないほどの価値を生み出します。

土地の価格だけでなく、快適に住み続けるためのトータルコストを見極める冷静な目。
その上で、自分だけの「豊かさ」を信じて場所を選ぶことが、この地でのスローライフを成功させる鍵となるはずです。

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※価格情報に関する注記:この記事で言及している地価動向は、2025年7月1日時点の滋賀県地価調査および地価公示等のデータを基にした、あくまで目安の傾向です。実際の不動産価格は、個別の土地が持つ形状、面積、方位、法規制、インフラの状況など、様々な要因によって変動します。
土地のご契約に際しては、必ず地元の不動産会社や行政の担当窓口にご確認の上、ご自身の責任において最終的な判断をお願いいたします。

(参照:国土交通省 地価公示滋賀県 地価調査高島市都市計画マスタープラン高島市空き家紹介システム交流人口から関係人口への変容可能性の検討たかしま観光ビジョン 等)