湖(うみ)と西の地勢

土地が持つ物語を読み解き、未来の資産を築く。滋賀の歴史と風土に学ぶ、住まいと土地の視点。

数字の裏側にある現実:高島市の「子育て支援」から読み解く、移住の実態

「給食費も医療費も、保育料までタダ」。
関西のベッドタウンで家を探していると、高島市が掲げる子育て支援の厚さに、思わず目が留まります。家計の負担がこれほど軽くなるなら、多少の不便さは我慢できるかもしれない。そうした期待を抱くのは自然なことでしょう。

数字の魅力だけで移住を決めてしまって良いものか。
雪深い冬の朝、除雪車が来るのを待ちわびる時間。消防団や自治会の清掃活動といった、地域社会特有の密な関わり合い。行政が示す支援制度の裏側には、この土地ならではの暮らしのコストと、それを上回るかもしれない充足感の正体が隠れています。
行政データと現地の視点から、高島市での子育ての実態を紐解いてみます。

この記事のポイント
  • 「3つの無償化」は家計を大きく助けるが、それは人口減少に挑む行政の生存戦略でもある。
  • 待機児童は数字上少ないが、雪による移動の分断や園の偏在が実質的なハードルとなる。
  • 支援制度を使いこなすには、除雪路線や自治会の活動頻度まで含めた逆算の土地選びが不可欠。

広大な自然の中で子供たちが遊ぶ高島市のイメージ

出典: Amidaji-Temple by イココ, licensed under CC BY-SA 4.0.

圧倒的な「3つの無償化」が示す行政の覚悟

高島市の子育て支援策を語る上で外せないのが、いわゆる「3つの無償化」です。これは所得制限などの細かい条件を極力排した、非常にシンプルかつ強力なメッセージを持っています。

家計に直結する支援の中身

高島市子ども・子育て支援 あくしょん・ぷらん 2025 ↗子ども医療費助成制度 ↗を読み解くと、その本気度が伝わってきます。まず小・中学校に通う児童生徒の給食費が全額補助され、18歳到達年度末までの医療費も無料化されています。
さらに国の制度に加え、市独自の上乗せで0~2歳児の保育料も条件付きで無償化されています。

これらを合計すると、子ども一人あたり年間で数十万円規模の可処分所得の増加に相当します。草津や大津といった都市部でも同様の支援は拡充されつつありますが、所得制限なしでここまでのパッケージを提示している自治体は県内でも稀有です。

バラマキではなく生存戦略

なぜ、ここまで手厚いのでしょうか。
その背景には、高島市過疎地域持続的発展計画 ↗にも記されている通り、急速に進む人口減少と高齢化への強烈な危機感があります。高島市の人口・世帯数 ↗の推移を見ても、若年層の定住促進は待ったなしの課題であることが分かります。

この支援策は、単なるサービスではありません。街が生き残るための未来への投資であり、移住者にはその担い手としての役割が期待されているのです。

「待機児童ゼロ」の裏にある距離と雪の壁

経済的な恩恵が大きい一方で、実際に子どもを預けて働くとなると、別の側面が見えてきます。
待機児童ゼロという言葉は嘘ではありませんが、それは「どこでも良ければ入れる」という意味に近いかもしれません。

需給ミスマッチと隠れた競争

滋賀県公式 保育所等入所待機児童数について ↗のデータによると、令和7年4月時点の高島市の待機児童数は6名と、県内の他市に比べて非常に少ない水準です。

しかし、高島市子ども・子育て支援 あくしょん・ぷらん 2025の資料を読み解くと、安曇川新旭といった利便性の高い中心部では定員が埋まりやすく、逆にマキノ今津の北部エリアでは定員割れや園の統廃合が進んでいるという偏りが見て取れます。
保育士不足の影響で0歳児の受け入れ枠が限られている園もあり、育休明けに自宅近くの園に入れないというケースは、この街でも十分に起こり得ます。

雪が断ち切る移動の鎖

さらに、高島特有の事情として雪があります。
都市計画学では、自宅・保育園・職場を結ぶ一連の移動を「トリップチェーン(移動連鎖)」と呼びますが、高島の冬において、この鎖は雪によって容易に寸断されます。

メタセコイア並木のある風景

出典: The Avenue of Metasequoias 20220301 03 by 先従隗始, Public Domain (CC0 1.0).

普段なら車で15分の距離が、積雪時には倍以上の時間がかかることもザラです。
もし、自宅がマキノ町の山手にあり、職場が大津市方面、保育園が今津町だとしたら。冬の朝、雪かきをしてから渋滞する国道161号線を走り、園を経由して出勤する。このミッションを毎日こなすのは、想像を超えた過酷さを伴います。

安曇川駅周辺。商業・行政の中心地であり、ここを拠点に南北への距離感を把握することが重要です。

この雪という物理的な障壁を前にしたとき、個人の力ではどうしようもない限界を感じることがあります。都市部ではお金や時間で解決できたことが、ここでは通用しません。
だからこそ、自然と隣り合わせのこの地では、必然的に人と人とが支え合う仕組みが必要になります。

コミュニティという名の見えないインフラ

こうした自然の厳しさと対峙する生活は、必然的に「個の自立」だけでは成り立ちません。
移住者にとって、最初は少し重たく感じられるかもしれない「共助の作法」こそが、実はこの地の暮らしを根底で支えるインフラであることを、やがて肌で理解することになります。

コストとしての側面:義務と役割

雪に覆われた大崎寺の風景

出典: 大崎寺2 2011年元日 Osaki-temple - panoramio by baggio4ever, licensed under CC BY 3.0.

朽木マキノの集落エリアでは、消防団、草刈り、雪かき、祭りの準備といった地域活動は、住民の義務に近いものです。
高島市過疎地域持続的発展計画 ↗でも、集落機能の維持が課題として挙げられていますが、それは裏を返せば、住民一人ひとりの労働力で地域が支えられているということ。

週末はゆっくり寝ていたいと思っても、朝から草刈りの招集がかかる。これを面倒なコストと捉えるか、地域の一員としての会費と捉えるかで、この街での暮らしやすさは天と地ほど変わります。

資産としての側面:セーフティネット

一方で、この濃密な関係性は、災害時や子育てにおける強力なセーフティネットにもなります。
「あそこの家の子」として地域で見守られる安心感や、お裾分けの野菜が玄関に置かれているような温かさ。これらは、金銭では決して買えない無形の資産です。

支援制度を使い倒す逆算の土地選び

高島市への移住を成功させるには、支援制度を最大限に活用しつつ、地理的なリスクを回避する賢い土地選びが必要です。
漠然とエリアを選ぶのではなく、以下の要件から逆算して考えてみてください。

若者定住の要件をクリアする物件か

若者の住宅確保の支援制度 ↗には、定住住宅リフォーム補助や空き家リフォーム補助など、最大数十万円から百万円単位の支援が用意されています。
これらには40歳未満や中学生以下の子を養育しているといった年齢要件に加え、市外からの転入者であることや空き家バンク登録物件であることなどの条件が付帯します。

特に重要なのが、リフォーム補助の対象となる工事内容です。市内業者による施工が加算要件になっている場合も多く、地元の工務店との連携が補助金活用の行方を握ります。
土地や物件を決める前に、自分たちが制度の対象になるか、その物件が要件を満たすかを役所の窓口で確認する一手間が、数百万円の差を生むことになります。

除雪路線と消雪パイプが描く冬の動線

候補地から職場・保育園までのルートが、市の除雪優先路線になっているかを確認することは、冬の生活を守る生命線です。
さらに理想的なのは、地下水を道路に散水して雪を溶かす消雪パイプが設置されている道路沿いです。これがあるだけで、朝の雪かきの手間と出勤のリスクは劇的に軽減されます。

また、盲点になりがちなのが、自分の敷地内の雪をどこに置くかという雪捨て場の問題です。道路の雪を除雪車が寄せていった雪壁で車が出せなくなることもあります。
敷地にゆとりを持たせ、堆雪スペースを確保するか、融雪機能付きのカーポートを設置するか。土地の広さと設備計画は、冬のシミュレーションに基づいて決定する必要があります。

自治会と消防団という地域の契約を確認する

その土地が属する自治会の活動頻度や雰囲気は、不動産情報サイトには載っていません。
エリアによっては、入区費(加入金)が必要な場合や、消防団への入団が慣例となっている地域もあります。これらを後から知る事態にならないよう、不動産屋や市役所の定住相談窓口、あるいは認定こども園 ↗の開放日などを利用して、先輩移住者の声を聞いておくことが重要です。

特に水路掃除(川掃除)などの共同作業は、地域インフラを維持するための重要なイベントです。これを負担と感じるか、地域に溶け込む契機と捉えるか。その覚悟を持てるかどうかが、土地選びの最終的な決め手となります。

高島の風土が教える、共生の流儀

針江の集落を歩くと、各家庭に湧き水を引いた「カバタ(川端)」と呼ばれる洗い場があることに気づきます。そこでは、使った水の中に残ったご飯粒などを鯉が食べて浄化し、きれいな水となってまた川へ戻っていきます。
自分の出したものが、そのまま下流の誰かの暮らしに繋がっている。その循環を肌で知っているからこそ、この地の人々は水を汚さず、互いに配慮し合って生きてきました。

高島市で家を建て、子育てをするということは、単に行政サービスを受け取る消費者になることではありません。
雪をかき、水路をさらい、地域という循環の一部として役割を果たす。その手間と引き換えに、私たちは都市では得られない、深い安心感と豊かさを手に入れることができるのです。

「給食費無償化」という入り口から入ったとしても、最後にたどり着くのは、こうした風土と共にある暮らしの実感なのかもしれません。
便利さよりも、確かさを。
そんな価値観を持てるなら、この街はあなたと家族を、力強く迎え入れてくれるはずです。

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※制度・数値に関する注記:この記事で言及している支援制度の内容や待機児童数等のデータは、執筆時点の公表情報に基づいています。制度の要件や予算、空き状況は年度によって変更される可能性があります。
移住や住宅購入の計画に際しては、必ず高島市役所の担当窓口(子育て政策課、移住定住推進室など)にて最新の公式情報をご確認の上、ご自身の責任において最終的な判断をお願いいたします。

(参照:高島市子ども・子育て支援あくしょん・ぷらん2025滋賀県公式 保育所等入所待機児童数について子ども医療費助成制度高島市過疎地域持続的発展計画高島市の人口・世帯数若者の住宅確保の支援制度高島市内認定こども園等一覧