高島市のハザードマップを読み解く作業は、人工的に改変された都市の痕跡を探す草津や、複雑な地形と過密な都市機能が絡み合う大津のリスク分析とは、根本的に質が異なります。
この土地に描かれているのは、県内有数の大河川が形成した扇状地と、日本海側の気候がもたらす豪雪という、人間のコントロールを超えた「圧倒的な自然の質量」そのものです。
行政のインフラが守ってくれることを前提にするのではなく、自然が時として牙を剥く可能性を直視し、どう建築で防御するか。
それは、個人の「覚悟」と「戦略」が試される場所と言えるかもしれません。
美しいメタセコイア並木や、琵琶湖に注ぐ清流。
その風景の裏側にあるリスクを、単なる危険信号としてではなく、この土地の「気性」として理解するために。物理的な破壊力と法的な規制という視点から、高島の大地を読み解いてみます。
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この記事のポイント
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出典: Ado Riv. 20220228 by 先従隗始, Public Domain (CC0 1.0).
安曇川が描いた扇状地:水害リスクの二面性
まず目を向けるべきは、この土地の骨格を形作った“水”の力です。
高島市の地形を語る上で欠かせないのが、県内有数の流域面積を誇る一級河川、安曇川(あどがわ)の存在です。
比良山系からの急激な勾配を一気に駆け下り、琵琶湖へ注ぐ過程で土砂を堆積させて形成された広大な「扇状地」。安曇川町や新旭町といった主要な生活圏は、まさにこの扇状地の上に成り立っています。
水はけが良く平坦で、琵琶湖の恵みを受けやすいこの地形は、裏を返せば、かつて川が自由奔放に流路を変え、土砂を運び込んだ場所であるという事実を突きつけてきます。
「浸かる」だけでなく「流される」場所
高島市防災ハザードマップ ↗を確認する際、浸水の深さ(色)だけに目を奪われてはいけません。
より警戒すべきは、堤防が決壊した際の激しい水流で、地面ごと削り取られたり、建物が押し流されたりする恐れがある「家屋倒壊等氾濫想定区域」の指定です。
安曇川のような天井川(周囲の地面より川底が高い川)の特性を持つ河川では、氾濫時のエネルギーは凄まじく、都市部の内水氾濫のように「じわじわと水が上がる」のとはわけが違います。
災害リスクに関する研究資料『リスクコミュニケーション -その基本および自然災害に関するコミュニケーションの要点-』 ↗においても、住民が抱きがちな「昔はここまで水が来なかった」という正常性バイアスが、気候変動下の現代においてはリスクを高める要因になり得ることが指摘されています。
この指摘を安曇川流域に当てはめるならば、過去の経験則を超えた氾濫流の勢いが、安曇川町の青柳や西万木(にしゆるぎ)周辺の低地などに及ぶ可能性を否定できません。
もし、検討している土地がこの区域に含まれている場合、通常の木造住宅では耐えきれない可能性があります。流されないための強固な地盤改良や、鉄筋コンクリート造の基礎を高く立ち上げる「高基礎」設計、あるいは敷地全体をかさ上げする「盛り土」といった、土木的な対策を予算に組み込む覚悟が求められます。
安曇川の河口付近に広がる扇状地エリア。平坦で開けた土地ですが、氾濫流のリスクを考慮した土地選びが求められます。
微高地と旧河道が教える「土地の履歴」
広大な扇状地の中でも、災害リスクには濃淡があります。
地理学や防災研究の分野では、古くからの集落が、氾濫原の中でもわずかに標高が高い「自然堤防」や「微高地」を選んで形成されてきた傾向が指摘されています(参照:『荒川扇状地における集落の展開と自然堤防の役割に関する研究』 ↗ 等)。
この「微地形を読む」という視点を高島市(安曇川扇状地など)に当てはめると、古い神社や集落が現存するエリアは、度重なる水害のリスクを避けるために先人が選んだ、相対的に安定した地盤である可能性が見えてきます。「絶対的な安全」が存在しない自然環境の中で、少しでもリスクを低減しようとした生活の知恵の痕跡と言えるでしょう。
一方で、注意が必要なのが、かつて川が流れていた「旧河道(きゅうかどう)」の存在です。
新旭町などの比較的新しい分譲地や農地転用エリアの中には、古地図で見ると川筋であった場所が含まれているケースがあります。不自然に曲がりくねった地割りや、周囲よりわずかに低い土地は、水が集まりやすく、地盤が軟弱である懸念が残ります。
見た目の広さや価格だけで即決するのではなく、ハザードマップと合わせて「明治期の古地図」を確認したり、地盤調査データの開示を求めたりすること。そうした多角的な裏付けこそが、家族の暮らしを守るための現実的な手立てとなります。
新旭町周辺の地図。平坦な地形の中に旧河道や微高地が混在しています。
マキノ・今津の豪雪:法が定める「白銀の重圧」
川が運ぶ土砂と水が「足元」のリスクだとすれば、冬の高島では「頭上」からの重圧にも備えなければなりません。
高島市での住宅計画において、水害と同じくらい、あるいはそれ以上に日常を支配するのが「雪」です。
特にマキノ町や今津町の北部は、国の「特別豪雪地帯」に指定されており、この事実は単なる気象情報を超えて、建築の構造そのものを規定する強力な制約となります。
構造計算を変える「垂直積雪量」
建築基準法では、その地域で屋根に積もる雪の量を想定した「垂直積雪量」という数値が定められています。
多雪区域および垂直積雪量の指定(滋賀県) ↗によれば、大津市や草津市の平野部が30cm〜40cm程度であるのに対し、高島市ではマキノ町の一部などで150cm〜200cm以上という数値が設定されています。

出典: 雪のマキノ 2011年元日 Makino - panoramio by baggio4ever, licensed under CC BY 3.0.
これは、屋根の上に2メートル近い氷の塊が乗っても潰れない家を作れ、という法的な命令に他なりません。
特に日本海側の湿った重い雪は密度が高く、同じ1メートルの積雪でも、北海道などの乾いた雪に比べて重量は増大します。こうした雪の質の違いについては『設計用積雪荷重の評価に関する研究』 ↗などの論文でも詳述されていますが、建築構造計算においては、地域特有の「雪の重さ」まで考慮した安全率を見込むことが不可欠です。
この荷重に耐えるためには、柱や梁を太くし、耐力壁を増やし、構造計算(許容応力度計算など)を厳密に行う必要があります。「滋賀県だから、そこまでしなくても」という甘い見通しは、ここでは通用しません。
耐雪構造への投資は、オプションではなく、家を建てるための「入場料」のようなものです。
マキノ町知内周辺。美しいメタセコイア並木で知られますが、冬は深い雪に閉ざされる豪雪エリアです。
比良の山並みがもたらす土砂と風の試練
雪という静かな重荷に対し、山から吹き下ろす風は、時として暴力的なまでのエネルギーを伴います。
西側に屏風のように連なる比良山地。その美しい山並みは、高島の景観の要ですが、同時に厳しい自然の境目でもあります。
断層が生む土砂のリスクと、比良おろし
滋賀県 淀川水系志賀・大津圏域河川整備計画 ↗などでも触れられているように、琵琶湖西岸は断層活動によって隆起した急峻な山々が迫る地形です。
そのため、朽木地区やマキノ町・今津町の山麓部には「土砂災害警戒区域(イエローゾーン)」や「特別警戒区域(レッドゾーン)」が帯状に広がっています。特に、花崗岩質の地質は風化しやすく、大雨の際には「真砂土(まさど)」となって崩れやすい性質を持っています。

出典: Hirasannkei winter1 by Rock.jazz.cafe, licensed under CC BY-SA 4.0.
眺望を求めて山麓の土地を選ぶ際は、背後の斜面の状況を必ず確認してください。
擁壁が老朽化していないか、排水設備は整っているか。法的な規制区域内であれば、建物の構造強化(RC造など)が義務付けられ、建築コストが跳ね上がる可能性もあります。
そして、この急峻な地形は、山から吹き下ろす「比良おろし」という局地風も生み出します。
特に春先や冬場に吹くこの風は、時に電車を止めるほどの猛威を振るいます。屋根の軒の出を深くしすぎると風で煽られる危険があるため、耐風等級の高い部材を選んだり、窓ガラスを防風仕様にしたりといった、風への「構え」も必要になります。
比良山系と集落が近接する朽木エリア。山麓部では土砂災害への警戒が必要です。
“野生”の息吹に、暮らしの根を張る
水、雪、風。これら自然の「気性」を前にしたとき、都市部のような利便性だけの尺度は意味をなさなくなります。
高島市は、広大な扇状地や山間部を含んでおり、都市部のように均質な市街地が連続しているわけではありません。
これは、豊かな自然環境を享受できる反面、場所によってはインフラ整備や防災対策を行政だけに頼りきれず、個人の裁量や備えに委ねられている部分があることを意味します。
都市部のように、行政が完璧に治水し、除雪してくれる安全な土地を買う、という感覚でいると、この地での暮らしは成り立ちません。
ここでは、自然の振る舞い(氾濫や雪)をある程度許容し、それを建築的な技術や日々のメンテナンス(雪かきや溝掃除)でカバーするという、自律的な姿勢が求められます。
ハザードマップの色は、この土地が持つ「野生」の現れです。
雪深い冬の朝、除雪車の音が聞こえるまでの静寂や、雨上がりの安曇川の力強い流れ。その野生を美しいと感じ、リスクを含めて愛せるかどうか。
高島での住宅計画は、自然と対等に向き合う覚悟を決めることから始まります。
便利さをお金で買うのではなく、手間と工夫で安全を確保する。
その先にこそ、この雄大な風景の中で暮らす本当の充足感が待っているはずです。
住宅計画全体の流れを確認する
この記事のテーマについて、理解が深まったかと思います。この知識を住宅計画全体のどの段階で活かすべきか、一度立ち返って確認してみませんか?
土地探しから資金計画まで、住宅計画の全工程を網羅したまとめページをご用意しています。
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※ハザードマップ情報・建築規制に関する注記:この記事で解説している内容は、執筆時点の公表資料に基づく一般的な傾向や可能性を述べたものです。ハザードマップや警戒区域の指定、垂直積雪量などの建築基準は、最新の知見や法改正に基づき更新されることがあります。
土地のご契約や建築計画に際しては、必ず高島市の公式サイトで最新のハザードマップをご確認いただくとともに、防災課や都市計画課、建築士等の専門家にご相談の上、ご自身の責任において最終的な判断をお願いいたします。
(参照:高島市防災ハザードマップ、高島市地域防災計画、滋賀県 淀川水系志賀・大津圏域河川整備計画、多雪区域および垂直積雪量の指定、荒川扇状地における集落の展開と自然堤防の役割に関する研究、設計用積雪荷重の評価に関する研究、リスクコミュニケーション -その基本および自然災害に関するコミュニケーションの要点-(2023.秋号))