湖(うみ)と西の地勢

土地が持つ物語を読み解き、未来の資産を築く。滋賀の歴史と風土に学ぶ、住まいと土地の視点。

なぜ彦根の地価は安定しているのか?歴史的資産と南彦根開発がもたらす価値

彦根城の堀端を歩くと感じる、数百年変わらない静寂。
一方で、そこから車で10分も走れば、ベルロードを行き交う車列と大型店舗の賑わいが、現代の暮らしの確かな熱量を伝えてきます。

一見、矛盾するようにも見えるこの二つの風景こそが、彦根の不動産市場を読み解く鍵です。
草津のような急激な上昇カーブを描くわけでも、大津のように複雑に多極化しているわけでもない。ここにあるのは、歴史という「重り」と、開発という「エンジン」が互いを支え合うことで生まれる、独特の安定感です。

なぜ彦根の地価は、これほどまでに底堅いのか。
その理由は、過去と未来が奇妙に、しかし心地よく同居する、この街ならではの「双核心(デュアルコア)」構造にありました。

この記事のポイント
  • 彦根の地価は、草津の「成長モデル」や大津の「複雑モデル」とは異なる、歴史的資産に支えられた「成熟・安定モデル」という一面を持つ。
  • 「城下町ブランド」と「南彦根の成長性」という二つのエンジンが、市場の底堅さを生み出す「双核心モデル」を形成している。
  • 長期的な視点では、安定資産としての魅力があり、短期的な値上がり益とは異なる性質を持つ市場である。
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彦根城の天守から琵琶湖を望む風景。歴史と自然が織りなす彦根の価値を象徴している。

出典: Hikone Castle Biwa by Hyppolyte de Saint-Rambert, licensed under CC BY-SA 4.0.

彦根市場を支える、二つのエンジン

彦根の地価が持つ安定性は、どうも単独の要因だけで説明できるものではないようです。
性格の異なる二つのエンジンが、互いに作用し合いながら、この市場を支えていると見ることができます。

揺るぎない土台としての「城下町ブランド」

草津の地価が人口流入という「フロー」の力で押し上げられているのに対し、彦根市場の根底には、彦根城という絶対的な文化資本、つまり「ストック」の価値があります。
この400年以上にわたって街の中心であり続けた歴史的資産は、地価が大きく下落することを防ぐ強力な「岩盤」として機能してしています。

実際、都市経済学の分野でも、芸術・文化資本が周辺の不動産価格にプラスの影響(間接便益)を与える可能性(参照:『ヘドニック法による芸術・文化資本の便益評価』 ↗ 等)について議論されています。
文化施設や歴史的景観が、居住環境の質を高め、それが地価に織り込まれていく。彦根で起きていることも、まさにこのメカニズムなのかもしれません。

彦根城周辺の風致地区。整えられた街並みが不動産価値を下支えしている。

出典: Shiga Prefectural Road 518 by Asasa198, licensed under CC BY-SA 4.0.

面白いのは、この価値が行政の施策によっても担保されている点です。
彦根市が策定している「歴史的風致維持向上計画」 ↗などは、建築デザインの規制というだけではありません。むしろ、城下町の風格ある街並みという共有財産を守り、街全体の不動産価値を長期的に維持するための社会的な「防波堤」としての役割を担っていると読めます。

結果として、「この環境で子育てをしたい」という、教育的な憧れも含めた実需が、投機的な動きとは無縁の、堅実な市場を生み出し続けているのでしょう。

もう一つの駆動力「南彦根の成長性」

城下町が「守り」の役割を担う一方で、「攻め」の役割を果たしているのが南彦根エリアです。
1980年代以降の土地区画整理事業によって生まれたこの新しい街は、ビバシティ彦根を中心とした商業集積と、それに伴う宅地開発によって、新しい住民、特に子育て世帯の流入を促し、市場全体を活性化させてきました。

南彦根エリアの賑わいを象徴するベルロード。商業施設が立ち並び、現代的な暮らしの基盤となっている。

出典: Bell road, Hikone by 運動会プロテインパワー, licensed under CC BY-SA 4.0.

滋賀県の地価公示データ ↗を見ても、彦根市の地価変動は市全体で一様ではなく、エリアごとの役割分担が明確です。
この「歴史的中心」と「現代的中心」が、互いに補完し合いながら市場を形成する「双核心(デュアルコア)・モデル」。
これが、県庁や複数の鉄道網が複雑に絡み合い、価値の焦点が定まりにくい大津の多核心モデルとも違う、彦根の安定性の源泉と言えるのかもしれません。

二つの核からの距離が描く、価値のグラデーション

この二つのエンジンからの距離感が、市内の不動産価値に美しいグラデーションを描き出しています。
それぞれのエリアが持つ「価値の質」に焦点を当てて、もう少し深く掘り下げてみましょう。

南彦根駅エリア:現代的合理性の中心

南彦根駅を中心とするエリアの不動産価値は、きわめて現代的で分かりやすい物差しで測ることができます。
その価値の源泉は、計画的につくられたインフラ、つまり広い道路、新しい上下水道、そして大型商業施設といった「現在進行形の利便性」にあります。これは、不動産評価でいうところの「交換価値」が非常に高い、ということを意味します。誰もがその便利さを理解できるため、市場での流動性が高く、資産としての換金性も期待できる。そういう性質を持つ土地です。

実際、数字にもその熱量は表れています。南彦根駅に近い小泉町の住宅地を見ると、坪単価でならせば20万円台半ば(平米あたり約7万円台・滋賀県地価調査参照)という、市内でも高水準な評価が維持されています。
ただ、この価値は永続的なものではありません。将来、より魅力的な商業施設が別の場所にできれば、相対的にその価値は変動する可能性があります。南彦根の土地を選ぶことは、この街の「未来の成長性」に期待を寄せる、という一面も持っているのです。

南彦根駅周辺。ビバシティ彦根を中心に、商業施設や新しい住宅地が集積しています。

彦根駅・城下町エリア:歴史的風格の中心

一方、彦根駅周辺、特に城下町エリアの価値は、現代的な物差しだけでは測れません。
もちろん新快速停車駅という交通利便性は大きな要素ですが、それ以上に価値の源泉となっているのが「希少性」と、社会学でいう「文化的資本」です。

その価値は、数字の上でも際立っています。駅東町エリアでは坪単価40万円に迫る地点もあり、本町の商業エリアでも坪30万円弱(平米あたり約5〜9万円台・同調査)と推移しています。これは単なる利便性だけでは説明がつかない、このエリア固有の“底堅さ”を示しているのかもしれません。
歴史的な街並みの中に、新たに家を建てられる土地は極めて限られています。この物理的な供給の少なさが、価値を支える強力な要因です。
そして、それ以上に重要なのが、「この街並みに属したい」という人々の非経済的な欲求が生み出す「景観プレミアム」とでも言うべきものです。景観条例は、個々の土地の自由を制約する代わりに、このエリア全体の無形の資産価値を、行政が保証している、と読み解くこともできます。

これは、時間と共に減価しにくい、非代替的な資産です。
南彦根が未来への期待感で評価されるとすれば、城下町は過去から受け継がれた時間の重みそのものが、価値となっているのかもしれません。

彦根駅と城下町エリア。歴史的資産が不動産価値の根幹を支えています。

河瀬・稲枝駅エリア:二つの中心を繋ぐ郊外

では、河瀬・稲枝といった郊外エリアの価値は何でしょうか。
それは、日々の暮らしにおける「使用価値」の高さに集約されるように思えます。手頃な費用で、広い土地と静かな環境という、生活の道具としての実用的な価値を手に入れられるからです。

具体的な数字を見ると、その差は歴然とします。南川瀬町なら坪18万円前後、少し奥まった川瀬馬場町へ行くと坪10万円を切る水準(平米あたり2〜5万円台・同調査)も見られます。中心部とは異なる、現実的な選択肢がここには広がっています。
このエリアの背景には、愛知川が育んだ豊かな穀倉地帯としての土地の歴史があります。
農業を基盤としたコミュニティが今も息づいており、そのことが土地利用のあり方や、人々の繋がりにも影響を与えています。また、国道8号線へのアクセスの良さは、彦根市中心部だけでなく、多賀町や甲良町、愛荘町の工業地帯への「職住近接」という、都心とは異なる需要軸を生み出しています。

流行に左右されにくい、生活に根差した堅実な価値。それが郊外エリアの持つ、もう一つの顔なのです。

河瀬駅周辺。南彦根と稲枝の中間に位置し、工業地帯へのアクセスも良い郊外エリアです。

未来の風をどう読むか 彦根のポテンシャル

安定した市場とはいえ、未来永劫変わらないわけではありません。
いくつかの外部要因が、この静かな港に新しい波をもたらす可能性があります。

外部からの波紋 リニアと広域経済圏の変化

少し気の長い話になりますが、リニア中央新幹線の計画 ↗は、彦根の地理的な立ち位置を再定義するかもしれません。
三重・奈良県境付近に設置が検討される中間駅が開業すれば、現在は京都・大阪志向が強いこのエリアと、名古屋経済圏との時間的距離が劇的に縮まる可能性があるからです。

名古屋駅付近で進むリニア中央新幹線の建設工事。新しい交通網が地域経済に与える影響は計り知れない。

出典: Construction of Chūō Shinkansen near Nagoya Station by KKPCW, licensed under CC BY-SA 4.0.

もちろん、新しい交通の軸が生まれることで、彦根の購買力や若い人材が、名古屋のような大都市へ流出してしまう現象、いわゆる「ストロー効果」を懸念する声もあります。ただ、逆の見方もできます。

製造業が盛んな東海地方との人的・経済的交流が活発化し、彦根が「京阪神」と「中京圏」の双方を視野に入れた、より広域的な居住選択地として浮上する可能性です。彦根東部工業団地などへの企業誘致にも、新たな追い風となるかもしれません。

内部からの胎動 文化資本の再評価と新しい担い手

もう一つの変化の兆しは、街の内部から生まれつつあります。
コロナ禍を経て、インバウンド観光の質は団体旅行から個人旅行へとシフトしました。体験や本物志向を求める個人旅行者は、彦根城という場所だけでなく、城下町という空間の魅力に気づき始めています。

この動きは、不動産市場にも静かな影響を与え始めています。
そういえば、最近、城下町の空き家が小さなカフェやギャラリー、あるいは一棟貸しの宿に生まれ変わる例を少しずつ見かけるようになりました。これは、京町家がそうであったように、外部のクリエイティブな層が、この街の文化資本に新たな経済的価値を見出し始めている兆候と見ることもできます。

彦根市が「歴史的風致維持向上計画」の中で、こうした歴史的資産の活用を後押ししていることも、この流れを加速させる一因でしょう。
住む場所としてだけでなく、新しいビジネスが生まれる場所として、城下町の価値が再定義され始めている。そんな風にも見えますね。

四番町スクエアに見る「再生」の形

彦根の台所と呼ばれた市場商店街を再開発し、大正ロマンの風情を纏って生まれた「四番町スクエア」。
この場所を歩くと、古いものを単に残すだけでなく、現代の文脈に合わせて編集し直す、この街の「再生」への意志を感じます。

彦根の地価が持つ安定性は、過去の遺産にあぐらをかいた結果ではありません。
むしろ、こうした再生の試みを積み重ね、歴史的な資産を現代の価値として磨き続けてきた結果と言えます。

ただ古いだけではない。かといって、新しいだけでもない。
その二つを融合させ、独自の価値を生み出し続ける力こそが、この街の資産価値を支える本当の柱なのかもしれません。

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※情報に関する注記:この記事で解説している内容は、公表されているデータや一般的な傾向を基にした分析であり、特定の土地の価格や将来の価値を保証するものではありません。
土地のご契約に際しては、必ず地元の不動産会社や行政の担当窓口にご確認の上、ご自身の責任において最終的な判断をお願いいたします。

更新履歴:2026年1月22日

最新の公表資料(地価公示、滋賀県地価調査、彦根市の統計データ等)に基づき、地価動向の分析およびエリア別(南彦根・城下町・郊外)の解説文を加筆・修正しました。

(参照:国土交通省 地価公示彦根市歴史的風致維持向上計画地価公示の公表資料(滋賀県における概要)国土交通省 リニア中央新幹線についてヘドニック法による芸術・文化資本の便益評価 等)